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Mr.BKのブログ

みなさん とか 書いてますが ほぼ 自分に向けたメッセージ集です。
多分 5年後とか 読み返して 思わず 笑うんだと思います。

昨今よく耳にする言葉に 老害 なる言葉があります。

老害 年寄りや老人の頑固さについて触れる言葉であって新しい意見を取り入れない代表のような考え方

 

まぁ要約するとそんな感じなのでしょう。

 

しかし老害という言葉の用途はその対象者への侮蔑の言葉であることは間違いないようです。

要は バカ と言っているのと同じということです。

 

本来 バカ というのはロジカルな言葉じゃありません。

要は人を一括りにして断定的な見方をする言葉なのです。

 

ということは 老害 という言葉もそこには実態はなく印象ということでしかありません。

にもかかわらず 普段 ロジカルシンキングを得意としているように見える人までなぜか 老害 という言葉を使ってしまうのです。

〇ちゃんねるを創設し、今はユーチューブで持論をロジカルに展開し活躍している〇ゆきさんですら 老害 といういわゆる印象的な言葉を使ってしまうのですから彼の持論である世の中の多くは偏差値45以下というのにまんまと自分をはめ込んでしまったということなのかもしれません。

 

一見すると老害は新しい意見を取り入れない人 のような見方に見えますが

最近の使い方は徐々に私の話を聞かない人 という用途に変わりつつあるように感じます。

要は人の話を聞かない取り入れない人を老害と評することが多くなっているということです。

 

しかし本来 その人の意見をまるっきりうのみにすることなんてできますか?

しっかりとしたロジックを表してこそその人の意見に耳を傾けられるわけです。

そのロジックの中で何か引っかかりがあるならそれを言語化するのは難しくても反対してしまうのは当然なことです。

これは若者にだってあることです。

 

しかも最近はその意見すらしっかり言わずに察してくれないというだけで老害とみる人まで現れてきています。

 

若いときというのは周りをよく見ます。

要はどうみられるかを気にしてさらに誰かに勝ったか負けたかを競っている時期が若い時期なのです。

だから若さというのは優秀であることがお互いに求められ、さらにそこで勝ち上がることに価値があると勘違いしている人が多い。

 

子供のころから学校という大人数の中に居た人間に他社との比較をやめろというのは難しいものです。

 

ところが歳をとると徐々にその学校のころの記憶がそぎ落とされて誰かに勝つか負けるかではなく自分がどう満足するかに思考方法が変わってきます。

そうなると周囲から見るとあたかも頑固者のように映るわけです。

しかしそれは外に基準を置く若者ではなく内に基準を持つ年寄りとの思考の違いから起きるわけです。

 

若い人の中にはすでに子供のころから内に基準を持つ人もいます。そういう人は実は成功している人が多いのです。

 

先に出した 〇ゆき氏 も当然内に基準を持っている人でした。なので成功しているわけです。

要はそもそも彼は老害の立場だったとも言えます。

だからこそ彼の言葉は多くの人に届き、多くの人を魅了しているわけです。

彼に配慮なんて気持ちを持たせたら正直彼のチャンネルなんて誰もみません。

 

しかも若者は自分の感情や気持ちを言語化するのにはまだ貧弱です。

そのため若ければ若いほど実は空気を読むという行為をしたがるわけですし、自らもしているため周りにもそれを強要したがるわけです。

友達同士ならその関係を維持できるがその外側は自分たちのルールが及ばない。

そうなるとその外側の人、特にわが道を行く老人たちにいら立ちを覚えて 老害 という言葉を投げかけることになるわけです。

 

老害 という言葉はまさに日本的教育の大きな問題点ではあると思います。

 

個々の一個人としてお互いの意見を戦わせることをせずに対立を避けてきた結果がお互い老害状態なのです。

 

まぁ内の声を大切にする老人たちからすると 老害 なんて評価 どうでもいいんですけどね。

 

さて政治について少し述べておきます。

よく政治家を指して老害と称する人いますよね。

 

はたして老害でない指導者 リーダーなんていたでしょうか?

 

いないんですわ

 

世の中のリーダーは老害と称されるべき人がなるわけです。

先に出した〇ゆき氏も当然そうですが

目標に向かって進もうとした人物が老害でなかった人はいません。

 

例えばカルフォルニアからニューヨークへ車で行こうとしている人がいます。

到着予定日は一月後

運転手でもいいですし同乗者でもいいですが今回は運転手としましょう。

四人乗りの車で運転手はとにかく皆をニューヨークへ運ばなければいけない。

 

しかし同乗者の三人は あら あそこに綺麗な湖があるわ  あら あそこに雄大な山があるわ と

あっちに寄ってよ こっちに寄ってよ と大騒ぎ 余裕があるときはあちらこちらに寄ったりしますが

さすがに残り一週間となったらどうなるでしょう。

そう同乗者の意見なんて聞いている暇ないですよね。 するとその同乗者からすると運転手は融通の利かない人

とみられてしまうわけです。

 

そう 労働者と経営者、 国民と国のトップとでは見ている方向、場所が違うのです。

もちろん安全などについての配慮は必要でしょう。

なので同乗者が安全について言及した場合はそれに対応しなければなりません。

しかしその安全も結果のリターンを考慮したうえで判断されることもあるわけです。

 

老害

 

そう これは自分ではない他人に何かを期待してそれをなしえてくれてなかった場合に投げかける侮蔑用語なのです。

 

果たしてこの老害という言葉は大して気にするものなのでしょうか?

この老害という評価は基本あまり気にする必要もないし 且つ又、老害と自分が判断した相手のことも気にする必要はないのです。

相手に期待して相手が変わることを望むのではなく 自分が変わる必要があるということです。

 

あれはたんなる侮蔑の言葉でしかないのですから

 

バカ

 

と同じです。

 

 

私はこのブログでバカを多用していますが

バカは相手にせずまた私をバカ呼ばわりした人のことも気にもしません。