前回から子供の自殺をどう防ぐかという点に触れていますが
親側の経験則の低い人生が子供を苦しめると説きました。
さてではも少し詳しく加筆します。
親側は実は理想を子供に押し付ける傾向があります。その理想とは学術やスポーツに明るく能動的で周囲とも上手くやっていき、恋愛など私生活も充実した子供です。
それが叶わなそうならせめて学校だけは出てほしいというのが理想となるでしょう。
なぜか…
そう自分ができてないからです。
自分自身が大した人生を送ってないから子供に理想を押し付けることになるんです。
自分にすらできないことを子供に求めるなんて無理強いに他なりません。
なぜそんなことになってしまったのか....
それが前回書いた世間に流された人生というものと絡んできます。
好きでもないことを延々とやらされもうそこから抜けられなくなる人生。
ということは受け身の人生なのです。
受け身の人生の中では子供も静かに迷惑をかけず生きていてくれればいい
その迷惑とは実は周りに迷惑をかけないでほしいのではなく
実は親である自分自身に対して迷惑をかけないでほしいというのが本心なのです。
なぜなら自分は周りが言っているように大学に入りつまらない仕事について年下の上司に叱責され
周りがうるさいし、友達もみんな結婚したりしているので大して好きでない女性または男性と結婚し
子供を産んで幸せっぽさを演出している。
だから子供が自ら動いて何かしようなんてするのは急に人生をかき乱されるようで邪魔くさい。
だからそんなことはしてほしくないというのが親の理想なのです。
子供は敷かれた線路の上ではあるもののその上を喜んで進んでいってくれているという理想に追い込みたい。
ということになるわけです。
要はつまらない人生を送っている自分自身が誰にも責められたくないというだけのことなのです。
しょぼいw
さて子供の側はどうでしょう。
最近は少なくなってきたといいますが反抗期というものを取り上げてみましょう。
反抗期。ひと昔前はよく言われたことですよね。しかし最近アホな大人達が「うちの子供は反抗期が全くなかったんです」なんて
ホントバカ丸出しな言葉を自慢気に語る人いますがよく恥ずかしくもなくそんな言葉話せるな...と自分は感じています。
子供の反抗期とは実はその言葉は大人が都合よく使っている言葉で本来は独立期というべきなのです。
親になぜ反抗するのか?
それは子供に自我が芽生えてきているからなのです。
自分で選択しチョイスするという能動的行動が出始めた時初めて人はほかの人と対立することになるわけです。
特にその相手となる側、側近の人。その子供をよく見る立場の人 要は親ですね。
そう自分チョイス。それが自活の第一歩になるわけです。
ところがその時に親というのは というか特に人生を自分でチョイスしてこなかった親というのは
口出しをしてしまう。 特にダメ出しをしてしまうのです。
学校に行く 行かない などのチョイスが良く上げられます。
子供の学校に行かないというチョイスは単に自分の選択を尊重してくれるかどうか親を試している状態にあります。
その時親が 「いや せめて学校だけは行こう」 なんて言ってしまうとどうなるか...
一番近くにいて一番味方になってくれるはずの人が自分のチョイスを否定した
と捉えるわけです。
そう 問題は学校にいくいかないではなく自分の選択を尊重しているかいないかなのです。
ここは実は分水嶺になります。
なんの分水嶺かというと 能動的にいきる人生を選ぶか 単に受動的な人生を選ぶか この分水嶺です。
実は親が理想としている子供の一つに能動的という部分があると思うのですが
親はあくまでも能動的に敷かれた線路上を進むという理想を掲げている点が大きな勘違い点なのです。
そう能動的というのは親というよりも一人の人間として全く想像がつかない立ち位置にその相手が進む可能性を含めた能動というのが本来なのです。
親として心配になるのはでは子供が学校を休んだ場合、その後引きこもりなどにならないか?という観点です。
なったっていいじゃないですか?最愛の子供です。いくらでも引きこもりにさせてあげましょう。
それができないなら子供を産むべきではなかったのです。
子供に与えられるものそして子供から受け取れるもの
さてでは子供になんでも従順にしろというのか?
違います。重要なのはもし万が一引きこもったとしてもその子供に対して親が納得できるならそれで問題はないのです。
ではどうするのか...
まずはなぜ行きたくないかの理由と行くというチョイスは無いのかあるとすればどのような環境の変化が必要なのか?を尋ねることです。
そしてその選択肢がなかったら次の段階です。
例えば学校に行かなくてもいいがせめてオンラインで授業を受け最低限の知識は身に着けてほしいなどという取引をするべきなのです。
学校に行く行かないではなく学びは続けてほしいというチョイスを今度は子供に提示するのです。
そしてどのような選択をしてもかまわないが人生を最終的には自活できるまでにはなってもらいたいと期限を決めて伝える。
それが親が子供に対して行う重要なことになります。
そして同時に自分自身が新しいチャレンジをすることです。
子供が学校に行かない! ならお金かからなくなりますよね。学費必要ないんですから
なら自分も仕事を辞めちゃう!そして親子で日本一周でもしちゃいましょう。
そう自分が今まで生きた線路を飛び出さなければ子供を導くことなんてできません。