私は兼ねてから日本のフェミニズムにはとても大きな問題があると感じていました。
海外のフェミニズムと日本のフェミニズムにはどんな違いがあるのか?
海外と言っても主に欧米を中心としたフェミニズムで
特にアメリカ イギリスに関することとなるのですが
日本のフェミニズムと大きな違いがあります。
活動自体は同じなのですが問題はその根本としている点...
平等
についての考え方です。
そう日本人の考える平等と欧米諸国が考える平等に大きな違いがあるんです。
そのせいで日本のフェミニズムはなんだかとっちらかってしまうんです。
ではその平等の違いは何か...
日本人が多く感じている平等というのは
ゴールが平等である
欧米人が多く感じている平等というのは
スタートが平等である
この違いなんです。
そう欧米は結果は別々でかまわないというのが当然なのです。
よく日本のアホなお母様たちが子供達が頑張っているカケッコなどで学校側に皆一生懸命努力しているんだから
皆一等賞にしてあげて...なんてアホな...まぁアホだからアホなんでしょうが...ことをのたまったりしてますよね。
是がゆがんだ平等主義と言うことになります。
実は日本の法律自体は欧米式でありスタート平等主義に立って構成されています。
しかし日本は何故か習慣的にゴールを平等にすべきという考え方がトレンドになっています。
そこで日本人の平等主義というのはゴール平等が習俗としてあるのか?という考え方も成り立つのですが
そんなこともありません。
戦前はそうではなさそうでした。このゴール平等主義が定着し始めたのは高度経済成長期以降だったようです。
高度経済成長期はモノを作れば売れる時代でした。
大した能力がなくても工場でボルトを入れていれば子育てができた時代なんです。
ですから本来自然淘汰で亡くなる人物が生き延び更に子供までつくることができた次代だったのです。
いわば人類史の中で最も幸福な時代というのが高度成長期だったわけです。
そこでは解雇が日常では無くなります。そのため日本人の考え方の中に徐々にゴール平等主義が生まれてきたわけです。
そこにどっぷりつかったその高度成長期の子供世代がゴール平等主義が当たり前に也過ぎてしまい。
そうあるべきと捉えるようになってしまったのです。
高度成長期はそれでよかったのです。なぜなら日本全体がボトムアップしていたのですから...しかし
高度成長が終わり、中国などが台頭してきたあとその弊害が出始めてきました。
もう日本全体が上に上がらなくなってきてしまったのです。
そうなると個別個人の時代になってきます。誰が先に行こうがかまわない時代となったのです。
しかしゴール平等主義の人達にとってそれは許しがたい行為となります。
そして妬みや嫉みが生まれてくるという図式になるわけです。
そんな平等の考え方を持っている日本人たちがフェミニズムを訴えるとどうなるのか?
過程はどうあれゴールを一緒にしろ!
という平等思想になってしまうわけです。
これではフェミニズムを訴えたとき、活動や言動自体は欧米諸国と同じだとしても
その進み方で大きな違いがでてきてしまうことになります。
日本のフェミニズムの問題点は
そのゴール平等主義に問題があると言わざるを得ません。