学生服
中学生 高校生の定番 学生服
一見良いように見えます。
丈夫だし汚れも目立たない。
集団を重んじる精神も身につく
何せ六年間変える必要がないんだからイイ
子供たちからしても制服はすでにトレードマーク的存在。
学生服で学校を選ぶなんて人もいるくらいです。
しかし…
私は学生服廃止論者です。
軍国主義の象徴だから??
ミニスカート化する制服に意味を見出せないから??
そうではありません。
制服をきることで一番大切なものを見失ってしまうからです。
それは自尊心です。
かねてより人間において一番重要なのは自尊心だと私は説いてきました。
自尊心は周囲に流されるものではなく常に自分との対話で成り立つものなのです。
その自尊心がなぜ制服を着ると身に着けづらくなるのか…
制服をきると他者との違いが見えにくくなります。
そもそも制服は着衣によって貧富の差が見えてしまわないようにする意味合いを含み
登場しました。
確かに貧富の差が見えるというのは一見問題のように感じます。
しかしそれを隠してしまうのは子供たちの情操教育と自尊心をはぐくむのに大きな障害になります。
みんな同じが当たり前、ちょっとでも違う行動、違う態度、違う経済力の人は恐怖の対象となり排除しなければならない。そういう認識に陥りやすくなるためです。
それは制服がすべてを隠してしまうために起こります。
綺麗な○○ちゃん かわいいから仲良くなりたいな
でも○○ちゃんいつも同じ服着てる...
お金がないのかな? お金がない人と友達になるにはどうしたらいいかな?
お金を上げあたほうがイイのかな?それともお金を使わない遊びをしたほうがいいのかな?
そう本来周りには多くの人種や考えかた、経済状態の人がいるのです。
テレビの向こう側ばかりだと思っていた貧富の差はすぐ隣にあるのです。
それを本来実感すべきである学校という場所ですべてが隠されてしまう。
貧しいけど素敵な彼と友達になりたい。
とある宗教の信者だけどかわいらしい彼女と友達になりたい。
体が不自由だけど自由な思想を持っているあの人と友人になりたい。
そう多くの人がすぐ近くにいてその人たちとコミュニケーションをどうとればよりスムーズになるか勉強できる場所が学校というところのはず
その状況を隠してしまうのが制服の最大の罪です。
日本人がなかなかコミュニケーションをうまく取れないのは
何もかもを隠してしまうからなのです。
貧しさを見せていいと思います。宗教を見せていいのです。
好き嫌いを見せていいし、感情も表現すべきなのです。
日本人は決して表情を隠す国民ではありません。
もともとは表情豊かで多くのいろいろな人と多くのコミュニケーションをとっていました。
だからこそ明治維新という大きな大革命をなしえることができたのです。
ところが今の制服制度はそれらの多くを排除してしまいます。
とっても楽です。学校を運営する側や親にとっては…
でも本来はぐくむべき自尊心をそいでしまう それが学生服だと考えます!
学生服 捨てるべきです!