あなたは好きな人はいますか?
逆に嫌いな人はいるでしょうか?
好きな人ってどんなひとですか?
嫌いな人ってどんな人でしょう?
好き嫌い論というのは色々な解釈があります。
注意して欲しいのが不愉快な人からはできるだけ離れるべきであるということです。
実は人間というのは他人を自分の物差しで推し量る癖があります。
そこには善悪を人に重ね合わせる人がいるのです。
そう 人の責にするということです。
人には多かれ少なかれそのような傾向はあるのですが成熟していない人、稚拙で幼稚な人ほどその善悪論を当てはめる行為は顕著にみられます。
ではなぜそのような行為が起きてしまうのか?
それは自分が正しいと思いたいからなのです。自分が正しいと思いたいが自分自身で肯定できないとき人はそれを他人のせいにするわけです。
しかもそれを露骨に人にぶつけてくる人がいます。
注意して欲しいのが我慢をしてしまうことです。無論世の中は中々そういう世界から抜けられない状況というのがあります。例えば学生。同じ学校に通う生徒同士だと中々その状況を改善することが出来ないでしょう。しかも相手が悪気が無ければ余計たちが悪いです。会社勤めの方も中々その状況からの打破は難しいかもしれません。しかしできればそのような人達とは関わってはいけないのです。彼らは自分自身に自ら自信を持たせてあげることが出来ないのです。ですから周囲の評価を気にします。そのために仮想の敵を作るのです。そのターゲットがあなたになったらこんな馬鹿馬鹿しいことはありません。自ら尊厳をもてない彼らの尊厳維持のためにあなたの貴重な時間を費やしてはいけません。
優しい人なら我慢するという行為もありでしょう。しかしその相手のストレスを受け続けると今度はあなたがストレスの塊になってしまいます。そういう人達は他人を踏みつけて自己満足に浸れますが踏みつけられているあなたは自分を傷つけるか違った形での爆発しか行き場がなくなってしまうでしょう。それでは何も意味がありません。
ジャマ臭ければさっさと捨てるべきなのです。
あなたは幸せを手に入れることが出来るのです。そんなジャマな人達は捨ててしまいましょう。
助けてあげる必要なあなたにはないのです。あなたに必要なのはあなた自身の幸せを求めることであって人の救済ではないのですから...
似たようなことは国家単位でありますね。
お隣の韓国がそうです。日本を必要悪としています。
中国も韓国も多分我ら日本がどんなに謝ったとしても、経済的援助をしても、許す着は無いでしょう。なぜなら彼らの自尊心は人を見下すことでやっと保たれているのですから...
では日本はどうすればいいか?大きいモノにまかれるというのも一つ道かもしれませんがそうではありません。極東アジアが世界ではありません。世界には多くの国、仲間があります。無論中国を無視しろとか韓国を捨てろというのではなく日本は日本人が幸せに生活をすることを前提で全世界のどの国とも平等に付き合うということが大切なのです。
まぁこんな具合にどんなに稚拙で幼稚であってもお隣さんを変えることはできません。必要以上に恐れおののくことは逆にマイナスになります。寧ろ対等であるということを前提に時に態度をいさめる必要はあるかもしれませんが先ずは幸せというのを求めることが必要なのです。
ジャマなら捨ててください。付き合ってあげる必要は無いのです。