面白い現象 | Mr.BKのブログ

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みなさん とか 書いてますが ほぼ 自分に向けたメッセージ集です。
多分 5年後とか 読み返して 思わず 笑うんだと思います。

海外に暫く住んだ経験が私にはありますが...

英語がしゃべれません。

というよりも日本人が近くにいるとき英語で話せないのです。

もちろん英語の知識もそれほど多くはなくそういう点でも英語をしゃべる点で不利なのですが...

面白いことに外国人だけの中だと全く躊躇なく英語を話せるんです。

意思疎通も概ね出来ます。

間違って当然という感覚があるからなんですが...

しかしそのコミュニティの中に突然日本人が一人でも入るとしゃべれなくなるのです。

そう外国人の目は全く気にならないのに日本人の目がやたら気になるのです。

ちゃんと百点満点で話さなければならないという変なプレッシャーが掛かってしまうらしいのです。



なんだか自分は日本というのは周りから要求される位置がとても高い気がしてならないのです。

例えば趣味で絵を描いてます。趣味でクラリネットしてます。

こう一言でも言ってしまったら大変です。その閾値がやたら高いのが日本人なんです。

絵を描くのが趣味ならまるで大作家張りの芸術作品を描けるくらいの力量がなければ笑われてしまう。

クラリネットしてたらまるで天女が奏でている並みに出来ないと落胆されてしまう。

英語が出来るといえばまるで流暢にペラペラと話せないと駄目みたいな印象を持ってしまう。

まぁ周りは本来そうは考えていないと思います。 言わば逆引きな自己満足。自分への縛りであることは間違いないでしょう。

でも何故かその縛りの恐怖が突如として表れるのです。



海外で暫く生活すると面白いのですが壁に絵が飾られている家を多く目にします。もちろん購入された絵もあるでしょうが自作の絵も多いのです。

決して上手というわけではないのですが自分で好きで描いたというへたっぴな絵が威風堂堂と飾れれているんです。そしてそれを批判する人もいませんし意外と家にマッチしているんです。

そういう中で生活していくうちにだんだん大作家というのはそういう素朴な中から生まれてくるんじゃなかろうかと感じ始めてきました。

欧米では人を招く家が多い...人が訪れてその家の絵を見る。すると中にはその絵を気に入る人がいて買いたいという交渉に入る。それが頻繁に起きた人は徐々に作家芸術家への道を歩みだす。

心の自由さはそういうところにも出るのかもしれません。


では日本は...?

いくつかの要素は考えられますが日本人の教育方針にその問題点があると感じます。

日本の教育はこのブログでも何度も取り上げているように受身。


既にルールが作られており、それに対して自分を沿わせるというのが教育方法と考えています。

社会に出てもその方針は変わりません。自分を表現するのではなくその会社のルールに合わせるというのが暗黙の了解となっているのです。そしてそのルールに合った人が優秀な人という称号を得ることが出来ます。


「譲る」という概念がそこに見え隠れしています。例えば間違えはその場で指摘しません。そもそも日本人はその場であっているか間違っているかは判断せず、たとえ疑問を感じてもその場では答えを保留するのです。その後調べてみて自分が間違いないと判断した時点で二通りに分かれます。

その誤りを確り相手に伝えるタイプと相手に伝えずに第三者に話すタイプです。

で 大半が後者になります。


外国の方々が多く言う顔の見えない日本人、日本人は何を考えているかわからないという主張の根本はそこにあるのです。そして実はそのことは日本人である我々も認識せずとも肌で感じているのです。

私が日本人がいる前で英語が話せないのは実は日本人特有の精神病的縛り、メンヘラ的縛りがあるためです。

テレビにも原因があります。芸人の笑いです。彼らの笑いは失敗を笑うというところにあります。人間は誰しもが失敗をするわけですがそれを笑うわけです。

一度テレビにより失敗を笑いに変えられてしまうとその失敗は笑いになると人は認知します。

人は誰しも笑わせることは好きですが笑われることは好きではありませんよね。

できれば笑われることを避けたいという感情に行き着くわけです。

裏で皆で物笑いの種にされていると考えるだけで恐怖を感じる。自然なことだと感じます。

顔の見えない日本人の中で物笑いの種になる。それが成長を妨げる原因になるのかもしれません。



でも長年日本人をしている自分がではどうしたらその呪縛から逃れることができるのか?
それはたとえ自分が間違っていたとしても自分の考えや思考内容を後回しにせずその場で指摘すること。後回しにして「お前英語力低いな」とか「クラリネットへたじゃん」というような大まかな指摘は避けること細かく指摘すること。

自らが率先してそのような態度を示すことで相手からも同様に指摘をしてもらえるように促すこと、そして指摘を自分も受け止めること。

そのために重要なのは常に自分と向き合う努力。自分の感情や考えをちゃんと言語に変換して相手に伝えられるようにすることだと思います。



恋愛をすると判りますが相手に気持ちを伝えたいという感情がとても高くなります。

日本人は言葉による伝達が弱いので「言わずに判れ」という感覚が強く沸き起こります。

無論ノンバーバルなコミュニケーションは重要ですが、やはりバーバルにしないと相手に明確には伝わらないのです。

人間関係は恋愛も通常の関係も一緒。自分の気持ちや考えを言語化して相手に伝えることなのです。

英語を覚えるのに一番手っ取り早いのが恋人を作ることだといいます。これは当然のことなのですね。なぜなら一番気持ちを伝えたい相手は恋人なわけですから...


相手に伝える前に先ず自分の気持ちを整理してあげないといけませんが。。。
日本人のように「譲る」いわゆる相手の気持ちを考える(考えないとKYとかいわれてしまいますからね 笑) 癖ばかりつけている人は中々自分の気持ちを理解していません。
そういう場合は単純な気持ちの整理からはじめるといいと感じます。

好き

嫌い

です。日々の生活の中から好き嫌いをとにかく明確にしていく癖をつける。
ちょっと難しい場合は

好き

嫌い

興味ない

でもいいかもしれませんね。
そうするとだんだんこの感情は嫌いの部類だとか好きな部類だとか判断できるようになってきます。癖がつき始めたら色々な細かい分類訳をしていくと感情の整理がつき始めてくるようになるでしょう。

すると徐々に自分という荒馬の手綱をひくことが出来るようにもなるのです。

感情豊かに 生きましょう! 笑