最近、空を眺める時間が増えた。
今までそんなことなかったのに…
外に出れば携帯ばかり見て、人工物ばかりの景色に満足していた自分には信じられない。
こんな僕も、32歳。
もう若くないんだな…
はぁ、温泉行きたい。
最近、空を眺める時間が増えた。
今までそんなことなかったのに…
外に出れば携帯ばかり見て、人工物ばかりの景色に満足していた自分には信じられない。
こんな僕も、32歳。
もう若くないんだな…
はぁ、温泉行きたい。
真実は、ひとつです。
ただ、見る角度によって顔が変わります。
表から見れば、科学。
裏から見れば、宗教。
横から見ると、まさに哲学。
顔は違いますが、それぞれ、真実の一部分を見ているにすぎません。
これらは一つの 統合知学と呼ぶべき、「万能の知の塊」なのです。
悟りの道に、近道はありません。
安易な道を見つけるための、祈りも儀式も教義も聖典もありません。
いくら神聖視されているものであっても、そんな出来合いの手段では駄目なのです。
悟りは、「悪戦苦闘」の中でこそ得られるものです。
それ以外に、魂が目覚める手段はありません。
容易に手に入らないからこそ、そこに価値が生まれます。
最高のものを得るためには、最低まで降りなければならないのです。
光があるから闇があり、闇があるから光があります。
善があるから悪があり、悪があるから善があるのです。
つまり、光と闇、善と悪を生む力は、同じものです。
両者は一本の棒の両端にすぎません。
元は一つです。
しかし、その一つを理解するには、両端をみなければなりません。
片一方を排除するのではなく、2つを融合していく過程が、進化です。
あなたは、今の自分に満足していますか?
もしも今の自分に満足していたら、それは退歩していると思っていいです。
今の自分に飽き足らず、常に新しい視野を求める時、その時こそ進歩しています。
「自然は真空を嫌う」という言葉があります。
じっとしている時がないのです。
前進するか、さもなくば後退するかのどちらかです。
宇宙には、「これでおしまい」というものはありません。