ある巨匠のお嬢様 ジャンヌ・ボヴェ女史 ①
ある巨匠のお嬢様 ジャンヌ・ボヴェ女史 ②
の続きです。
またまた長文になってしまいますが・・・
写真の整理をしておりましたら、ロンポンの物も何枚か出て参りました。
フランスの寒村、ヴュー・ロンポンのチャペル。
②で記しました様に、ジャンヌの演奏により、我を忘れる想いの私でしたが、
この段階では演奏に集中すべく、頭を最高限で働かせなくてはなりません。
拍手が全くないコンサートという事で、お客様側へのご挨拶法にも少々悩んだ末、
結局普段と変わらず、演奏前に頭を下げる方法を取りましたが・・・
この瞬間に拍手が無いという時点で既に、ジャンヌが言っておられた
「沈黙に耳を傾ける」という言葉が頭に浮かんで来ましたし、
チャペルの、温かでありながらも神聖という雰囲気も手伝ってでしょうか、
周囲の物事全て、又特に自分自身に対し、偽りの心を全て捨て去り、
自分達の音をただ聴くのみ
といった感覚に、とても強く駆られた気が致します。
この時、ほんの一瞬、頭を過ぎったこれらの感情は、
この後からの人前での演奏時での、私自身の糧ともなっている様に思います。
周囲の状況やお客様の態度等がどうあろうとも、
虚飾の世界に陥らず、自分の音を自然に素朴に聴くという様な・・・
もっとも、演奏時にこの感覚に到達可能なためには、
技巧、ストレス、勇気、緊張感等、全てを制御できる余裕がなければいけませんし、
毎回、この境地に到達できるという訳には
残念ながら至りませんが・・・(苦笑)
さてこの様にして、プログラムは一曲づつ進行していきましたが、
ここで、もう一つ特別に感じられたのは、お客様方の息遣いについてです。
普通コンサートで演奏中、お客様方がどの程度集中されているか、退屈されているか(笑)
親近感を持っていて下さるか等、その場の空気は、耳と身体で感じてしまう物ですが、
このチャペル内は、大変に包容感に溢れ、一人一人の方それぞれが、
内観、瞑想されている様子で、静謐という言葉が相応しかったのです。
音楽の捧げ物、拍手の無いチャペルコンサート、
この事柄を把握され、足を運ばれる方々ですので当然かとも思えますが、
この空気感をこの寒村のチャペルで実現させるに至るまでには、
長い道程があった事が予想されます。
私共がこの地での2回目のコンサートの(40周年記念の折)演奏後に頂いたこの本からも
その様子は伺われます。
”La sympohnie des Bienhereux" 幸福の(祝福)シンフォニーというこの本は、
演奏会の40周年に因んで編集された本。
コンサートに関する覚え書きに加え、様々な地元の方々が、
ジャンヌとの想い出に付き、語っておられます。
女流画家のラファエルと共に、ご自分の音楽、人生に
理想的な場所をこのロンポンに見出されたジャンヌは、
廃墟と化していたチャペルとその一画を村から買い取られ、
修復、改造作業を行なわれます。
当初、チャペルのある部落の人家は、農家が2軒だけだったという事で、
チャペル横の建物も、農作業用機具の納屋として使われていた様子。
この様な場所で、この2人の女性が一体何を始められようとしているのか、
村人達には、見当も付かなかったそうです。
「こんな所で、Grande musique(偉大な音楽)を奏でようとしているらしい」
という様な、少々の不安と懸念の念で、この女性二人を迎えていた様子です。
女流画家のラファエルは、由緒ある家系のご出身という事で、
大変に気品と威厳に満ち溢れられ、とても印象的な人物であったが、
彼女に笑顔が訪れるのには相当な時間を要したと、
当時を振り返られる方々は皆口々に、綴られております。
ラファエルは、建造物の工事作業に付き、指揮を執られ又、自らも動かれたという事。
片やジャンヌは、スイスの音楽院の(コンセルヴァトワール)教授をされながら、
演奏活動も行なわれており、当時の花形ヴァイオリニストであったジネット・ヌヴーとの
共演でも有名でいらしたとの事。
村人達の記憶によると、ジャンヌは物腰が柔らかで笑顔がとても素敵な人物で、
村での行事の折には、慈善事業としての演奏を進んで行なわれていた様子です。
ジャンヌは50歳の僅か手前に、この地に根を下ろす事に決められたのですから、
それまでとは全く異質な人生を、このチャペルに掛けられた事になります。
ラファエルと共に夢を叶えられたジャンヌはその後、
晩年に一層気難しくなられたという、ラファエルの最期も看取られる事となります。
最初は、偉大な音楽に関して無知な方々が多かったこの村で始められた演奏会、
時を重ねる毎に、この企画の趣旨に沿われる方々が徐々に増えていかれ、
このチャペルでの内観、瞑想の感覚とその時間を味わう事を目的に集う方が、
ジャンヌとラファエルを優しく取り囲むまでに、至られたようです。
さて、1時間ほどの私共の演奏が終了し、沈黙の中、祭壇横へと移動し、
再び修道士姿のジャンヌの演奏が始まります。
曲はバッハのチェンバロ/コンチェルトBWV1056、2楽章のラルゴ。
この時のジャンヌの演奏では、鎮魂という言葉が胸に響きました。
https://www.youtube.com/watch?v=A0mbJ8jLXto
(ブラジルのピアニスト、Claudio Dauelsbergとモスクワ・室内楽オーケストラの演奏です)
演奏を終えられたジャンヌは大変に軽々と私共の前に現れられ、
満面の笑みと共に、又、あのとても力強い握手をされます。
プログラム中には、彼女がジネット・ヌヴーとよく弾かれた曲もあったという事から、
ヌヴー女史と主人の指使いとが違っていた部分等を指摘され、
それにより音色や又、曲の扱いにも個性が表れる事、でも人それぞれ、
伝えたい事があればそれが最良である、という様なお話をされておりました。
私共が彼女の演奏により、強い印象を受け、心の奥底まで震えた事をお伝えすると、
”Et vous aussi!”(貴方達も)と仰います・・・
この瞬間、身体中が温まるのを感じると同時に、
ジャンヌの音楽に対する姿勢に比べ、幾段もの未熟さを感じた私は、
気恥ずかしく、どうして良いか分からない状況で、
”Merci"(ありがとう)も殆ど言えなかった様な覚えがあります。
その後、この演奏会の恒例行事のリセプションへと移動します。
チャペルを出て、アーチ型の門より庭の方に移動すると・・・
お客様方、主催者の方々、皆さんの拍手が鳴り響き・・・
チャペル内で、アーティストに表せない分だけ、この場での拍手はいつも盛大だという事でした。
皆さんとの少々の談話後、やはりその庭で、
ジャンヌ、ラファエルと主催者のご夫婦と共に、夕食をご一緒しましたが、
この日、いつもは気難し屋さんのラファエルも、ご機嫌がよろしかったという事で、
皆さん、リラックスムードでした。
その中、常にラファエルの横にいらして、
大変に優しく全てのお世話をされるジャンヌのお姿は、心に残っております。
同時に、もう一つ印象深かった事・・・
音楽以外の話の折には、聴覚の問題有り、ということが明確なジャンヌが、
音楽を聴かれる事自体、又音楽に関する話の最中には、
この問題が全く感じられなかったという事です。
この短期の滞在が私にもたらしてくれた様々な想い出を胸に、
翌朝、我が家へと帰路に着きましたが、
この10年後に再び、又この感動の場所に戻る事となります。
その事に付きましては、又別の機会にご紹介させて頂きます。
非常に長い文章を読んで下さり、ありがとうございました。
ある巨匠のお嬢様 ジャンヌ・ボヴェ女史 ②
の続きです。
またまた長文になってしまいますが・・・
写真の整理をしておりましたら、ロンポンの物も何枚か出て参りました。
フランスの寒村、ヴュー・ロンポンのチャペル。
修道士の出で立ちのジャンヌの導入演奏が終わり、いよいよ私共の本番です。
②で記しました様に、ジャンヌの演奏により、我を忘れる想いの私でしたが、
この段階では演奏に集中すべく、頭を最高限で働かせなくてはなりません。
拍手が全くないコンサートという事で、お客様側へのご挨拶法にも少々悩んだ末、
結局普段と変わらず、演奏前に頭を下げる方法を取りましたが・・・
この瞬間に拍手が無いという時点で既に、ジャンヌが言っておられた
「沈黙に耳を傾ける」という言葉が頭に浮かんで来ましたし、
チャペルの、温かでありながらも神聖という雰囲気も手伝ってでしょうか、
周囲の物事全て、又特に自分自身に対し、偽りの心を全て捨て去り、
自分達の音をただ聴くのみ
といった感覚に、とても強く駆られた気が致します。
この時、ほんの一瞬、頭を過ぎったこれらの感情は、
この後からの人前での演奏時での、私自身の糧ともなっている様に思います。
周囲の状況やお客様の態度等がどうあろうとも、
虚飾の世界に陥らず、自分の音を自然に素朴に聴くという様な・・・
もっとも、演奏時にこの感覚に到達可能なためには、
技巧、ストレス、勇気、緊張感等、全てを制御できる余裕がなければいけませんし、
毎回、この境地に到達できるという訳には
残念ながら至りませんが・・・(苦笑)
さてこの様にして、プログラムは一曲づつ進行していきましたが、
ここで、もう一つ特別に感じられたのは、お客様方の息遣いについてです。
普通コンサートで演奏中、お客様方がどの程度集中されているか、退屈されているか(笑)
親近感を持っていて下さるか等、その場の空気は、耳と身体で感じてしまう物ですが、
このチャペル内は、大変に包容感に溢れ、一人一人の方それぞれが、
内観、瞑想されている様子で、静謐という言葉が相応しかったのです。
音楽の捧げ物、拍手の無いチャペルコンサート、
この事柄を把握され、足を運ばれる方々ですので当然かとも思えますが、
この空気感をこの寒村のチャペルで実現させるに至るまでには、
長い道程があった事が予想されます。
私共がこの地での2回目のコンサートの(40周年記念の折)演奏後に頂いたこの本からも
その様子は伺われます。
”La sympohnie des Bienhereux" 幸福の(祝福)シンフォニーというこの本は、
演奏会の40周年に因んで編集された本。
コンサートに関する覚え書きに加え、様々な地元の方々が、
ジャンヌとの想い出に付き、語っておられます。
女流画家のラファエルと共に、ご自分の音楽、人生に
理想的な場所をこのロンポンに見出されたジャンヌは、
廃墟と化していたチャペルとその一画を村から買い取られ、
修復、改造作業を行なわれます。
当初、チャペルのある部落の人家は、農家が2軒だけだったという事で、
チャペル横の建物も、農作業用機具の納屋として使われていた様子。
この様な場所で、この2人の女性が一体何を始められようとしているのか、
村人達には、見当も付かなかったそうです。
「こんな所で、Grande musique(偉大な音楽)を奏でようとしているらしい」
という様な、少々の不安と懸念の念で、この女性二人を迎えていた様子です。
女流画家のラファエルは、由緒ある家系のご出身という事で、
大変に気品と威厳に満ち溢れられ、とても印象的な人物であったが、
彼女に笑顔が訪れるのには相当な時間を要したと、
当時を振り返られる方々は皆口々に、綴られております。
ラファエルは、建造物の工事作業に付き、指揮を執られ又、自らも動かれたという事。
片やジャンヌは、スイスの音楽院の(コンセルヴァトワール)教授をされながら、
演奏活動も行なわれており、当時の花形ヴァイオリニストであったジネット・ヌヴーとの
共演でも有名でいらしたとの事。
村人達の記憶によると、ジャンヌは物腰が柔らかで笑顔がとても素敵な人物で、
村での行事の折には、慈善事業としての演奏を進んで行なわれていた様子です。
ジャンヌは50歳の僅か手前に、この地に根を下ろす事に決められたのですから、
それまでとは全く異質な人生を、このチャペルに掛けられた事になります。
ラファエルと共に夢を叶えられたジャンヌはその後、
晩年に一層気難しくなられたという、ラファエルの最期も看取られる事となります。
最初は、偉大な音楽に関して無知な方々が多かったこの村で始められた演奏会、
時を重ねる毎に、この企画の趣旨に沿われる方々が徐々に増えていかれ、
このチャペルでの内観、瞑想の感覚とその時間を味わう事を目的に集う方が、
ジャンヌとラファエルを優しく取り囲むまでに、至られたようです。
さて、1時間ほどの私共の演奏が終了し、沈黙の中、祭壇横へと移動し、
再び修道士姿のジャンヌの演奏が始まります。
曲はバッハのチェンバロ/コンチェルトBWV1056、2楽章のラルゴ。
この時のジャンヌの演奏では、鎮魂という言葉が胸に響きました。
https://www.youtube.com/watch?v=A0mbJ8jLXto
(ブラジルのピアニスト、Claudio Dauelsbergとモスクワ・室内楽オーケストラの演奏です)
演奏を終えられたジャンヌは大変に軽々と私共の前に現れられ、
満面の笑みと共に、又、あのとても力強い握手をされます。
プログラム中には、彼女がジネット・ヌヴーとよく弾かれた曲もあったという事から、
ヌヴー女史と主人の指使いとが違っていた部分等を指摘され、
それにより音色や又、曲の扱いにも個性が表れる事、でも人それぞれ、
伝えたい事があればそれが最良である、という様なお話をされておりました。
私共が彼女の演奏により、強い印象を受け、心の奥底まで震えた事をお伝えすると、
”Et vous aussi!”(貴方達も)と仰います・・・
この瞬間、身体中が温まるのを感じると同時に、
ジャンヌの音楽に対する姿勢に比べ、幾段もの未熟さを感じた私は、
気恥ずかしく、どうして良いか分からない状況で、
”Merci"(ありがとう)も殆ど言えなかった様な覚えがあります。
その後、この演奏会の恒例行事のリセプションへと移動します。
チャペルを出て、アーチ型の門より庭の方に移動すると・・・
お客様方、主催者の方々、皆さんの拍手が鳴り響き・・・
チャペル内で、アーティストに表せない分だけ、この場での拍手はいつも盛大だという事でした。
皆さんとの少々の談話後、やはりその庭で、
ジャンヌ、ラファエルと主催者のご夫婦と共に、夕食をご一緒しましたが、
この日、いつもは気難し屋さんのラファエルも、ご機嫌がよろしかったという事で、
皆さん、リラックスムードでした。
その中、常にラファエルの横にいらして、
大変に優しく全てのお世話をされるジャンヌのお姿は、心に残っております。
同時に、もう一つ印象深かった事・・・
音楽以外の話の折には、聴覚の問題有り、ということが明確なジャンヌが、
音楽を聴かれる事自体、又音楽に関する話の最中には、
この問題が全く感じられなかったという事です。
この短期の滞在が私にもたらしてくれた様々な想い出を胸に、
翌朝、我が家へと帰路に着きましたが、
この10年後に再び、又この感動の場所に戻る事となります。
その事に付きましては、又別の機会にご紹介させて頂きます。
非常に長い文章を読んで下さり、ありがとうございました。


