引っ越して来て3年目になる家ですが、以前の持ち主から引き継いだ庭には、
未だに知らない名前の物もありました。
毎年この様な赤い花がまばらに咲く低木樹。(画像はお借り致しました)
先日初めて、この木に黄色い実がなっているのを見つけたのです。
少し時間は掛かりましたが、草木瓜であった事が分かり、
今後の剪定の仕方などもこれから研究しようと思っております。
ヨーロッパは夏の間は日が長いお陰で、夕食も庭でという事が可能ですが、
この所、晩の冷え込みは結構厳しくなっておりますため、テラスで食事をするためには、
心して夕食の時間を早めなければなりません。
それでも庭の草木を眺めながら、食事は、皆が自然に自由に振舞える様な気がし、
私としては、好きな習慣の一つなのです。
もし皆時間が許せばの話ですが、家の中から一歩出て、空の下にいるというだけで、
時には、普通に家の中では聞かれない様な議論も飛び交い、
白熱状態という事もあり得ます。
さて、この頃の我が家の状況を見つめ直すと、
それぞれに変化の大きい時、
家族一人一人が、思い巡らさなければならない事柄を抱え、生きている時期、
のようにも感じられます。
もちろん生死に関わるというほどの事ではないのですが、
時間が解決し得るであろう問題もあり、
又、現在は蕾の状態で、この先開花に繋がるのか、蕾のまま儚く去るのか・・・
予想のつかない事項等もある訳です。
そんな中、昨夜は、厚手のカーディガンなどを身に纏いながら、始まった、
庭先での食事でした。
少々肌寒いせいもあったでしょうが、無口気味に始まり、
皆各々、考えが四方に飛んで行き、という雰囲気が最初からありました。
皆自分以外の領域には入り込まず(各自共、その方が良いと分かっている様に)、
一歩踏み込めば論争は抑えられないため(笑)、
その場のハーモニーを崩して終わる必要はない、そこまで行く必要はない、
と良く理解しているかの様に。
最後は自分の仕事や、持ち場に静かに又戻って行く・・・
という様な形で終わりました。
その後に明けた朝、ピアノの練習中に、ふと頭をよぎった事がありました。
両手での和音のパッセージの練習、8音までになる様な和音の折。
曲、調性などによっても違いますが、どの音を強調した場合に、一番快い響きが出るか、
耳で聴きながら検討していく作業を行いますが、
この時にどうしても、一音一音の重要性が関係してきます。
人それぞれの趣味は多少影響するにしても、一番目にはこの音を強調し、二番目は・・・
という具合に色々吟味し、しっくりと納得の行くハーモニーが得られるまで探します。
又場合によっては、和音の中の一音を間違えて弾いてしまうと、
メジャーからマイナーのハーモニーにも、なってしまう訳です。
一音一音からなる和音、それに役割を与えるのは、常に自分自身の決定によるもの。
曖昧にしておく事、外してしまう事、キャラクターを変えてしまう事など、
全て可能なのですね。
又、一度にとことんまで吟味するか、別の機会に結果を得るために努力するか、
色々な形をも、自分で選べる訳です。
こんな風にして、和音、ハーモニーの事から、家族の在り方にも繋げ合わせ、
考えが及んでしまいました。
今日の夕方に見掛けたハイビスカスは、今日の役割は殆ど終え、
花びらをつぼませている途中でした。
明日もまだ多分、開いてくれるでしょうか・・・
その後ろには、新しい力強い蕾が待機していますね。





