月曜日の朝から電気のブレーカーが落ちてしまい、

一日電気製品が使用出来ないままの一日を過ごしました。


この所、局地的に降る大雨のせいで、

庭の足元電灯の辺りに水が溜まったのが原因だった様子です。


ようやく夕飯の支度の時間頃に元通りになり、助かったのですが、

久し振りに電気無しの一日を送り、不便なりにも、自分ペースの一日を過ごし、

心がゆったりしているのに気がついた次第です。


朝の果物ではこんな苺にも出会い、楽しんだり・・・

(私には、クマ、或いはミニーのリボン付きに見えますが)


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さて、母のビザ申請に関する書類集めもいよいよ最終段階になって来ております。


今は、日本の公的機関からの書類を、法廷翻訳家さんに、

こちらの言語に翻訳して頂く作業の段階です。


私共の場合は、日本語からフラマン語(オランダ語)への訳なのですが、

ベルギー裁判所に認定された翻訳家に、公式な書類の翻訳をお願いし、

それらの書類を日本のベルギー大使館に申請する事になっております。


諸書類が日本から郵送されてくる前から、五人ほどいらっしゃる法廷翻訳家の方に

見積書をお願いしておりました。


その内三人の方からの返答を元に(全てフラマン人)、

料金や掛かる日数等を比べて検討しておりました。


ところで、その内の一人のお名前は、どこかで聞いた様な感触で

何となく気になっていたのです。


その後最終的な料金の話し合いの折に、急に同姓同名の方の事を思い出し、

尋ねてみると、「そうですよ」というお返事が返り、驚き、


彼女の方でも、名前からして、私の事を連想されたそうですが、

同一人物とは夢にも思わなかった、という事でした。



もう十年以上前の話になりますが、

私共は時々、日本のベルギー大使館で、演奏させて頂く機会がありました。


元駐日ベルギー大使、ノートン氏は、大変な音楽愛好家でもいらっしゃり、

異例の九年間という長い滞日の間には、大使館邸での様々なコンサートを

企画されておりましたが、



彼のお人柄、出会った人を誰でも包み込まれるような笑顔には、

大使という敷居の高さを感じさせない、大変温かいお人柄が溢れ出ていらっしゃいました。


さて、この翻訳家さんなのですが、

大使館でのあるコンサートの折に、事務作業を色々して下さり、

私共の訪日中には頻繁にコンタクトがあった方だったのです。


私の実家にも何度かお電話を頂きましたが、大変流暢な日本語を話されるため、

電話の取次ぎをした私の母も、彼女の事を日本人だと信じ、疑わなかったほどです。


彼女のお話では、彼女が日本でお仕事をされている間に、

ベルギーのご両親がご病気になられ、こちらに帰るよう、決断されたという事でした。


ケースは違いますが、やはり移住と両親が、彼女の中でもテーマだった、

その様な接点もあったという事なのでしょうか。


時を変えて、日本とベルギーで交叉するこの出会いに

またまたご縁を感じてしまったのでした。


さて、見積書からすると、彼女の料金が一番格安という事も手伝い、

この翻訳のお仕事は、彼女に依頼させて頂くことになりました。


これで私も、翻訳書類を、帰国の折に持って帰れる事となりそうです。