就職活動まとめ | 京都での日々

京都での日々

大学入学とともに熊本から京都にやってきた。
大学・大学院と京都で学生生活を満喫し、そのまま京都で社会人になった(現在5年目)
読書・お店開拓・考えたこと等いろいろと記録していきたいと思っている。

なんで博○館の人が、私の就活事情知ってるんや。ほぼ誰にも話してないのに。というわけで、まあ内定式も終わったことだし、就活を振り返ることにする。

結局、京都のメーカーに行くことになった。だいぶホワイトな企業らしく、京都でしっかりと働けそうな予感がするところである。このご時世で、しかも大学院で一留した割にちゃんと決まって安心。

就活のスタートは修士論文を撤回後、2月下旬からという遅すぎるものだった。しかも、就活未経験による焦りと修論の不出来による自信の喪失によりそんなに上手くはいかなかったが、4月に三菱の硝子メーカーと資○堂の最終面接にこぎつけた。

しかし、両方とも落ちる。そこから、一気にやる気がなくなり、残っていた数社の面接をとりやめて持ち駒を全てなくした。その後、若者の雇用問題や経済の停滞などなど日本社会はオカシイと考えるようになり、社会の仕組みを変えようと思ったが、社会を変えるためには政治家か官僚になる他ないと分かり、とりあえずは諦める。

また、今の社会にとけこめないなら自ら会社作ったると意気込み、起業も視野にいれて色々参加してみるが、つまるところ、思いついたのは『株式会社ぶかつ』だけだった(詳細は控える)。京都でも農業を軸に事業を行うセンスあるベンチャーがあったりして、自分のビジネスモデルは甘いと痛感。

そこで、どうしたもんかと考えたところ、自分には法律の素養があることは間違いないとふみ(この時期、先生にもすごい褒められたこともあり)、弁護士になろうかとも考える。そして、法科大学院の適性試験を受ける。平均点は超えてたけど、めちゃめちゃ高い点数はとれてない。
他方で、社会にでて視野を拡げて働きたい願望はやはり強く、また8月31日から就活を開始した。

そこから、ある会社と内定先を並行して受験し、9月の2週目に内定先から内々定いただく。そして、すぐ就活はやめた。

簡単に振り返ると、私は半年ぐらい右往左往していた。自分と合う企業が見つかったから就活にも意味を見いだせるけど、正直(新卒一括採用という仕組みに依存した)就活はくだらないと思う。様々な会社を知れるのは面白いけど、他方でいまの採用の仕組みによりダメージを受ける日本の若者が多すぎる。

もちろんコミュ障だからという理由で採用につながらない人もいるだろうけど、根本的な問題はいつまでも変化がない日本の制度にある。

ただ、日本がおかしいと思っても若者が制度自体を変えることは難しい。だから、就活に疑問を感じる人は就活なんてくだらないと思いっきり叫べばいい。文句言いまくればいい。

人の目なんて皆節穴。面接官に見る目があれば、3人に1人がやめるなんていう雇用のミスマッチも生まれない。たかが何十分の面接でその人を分析し尽くせる人なんていない。(と言ったら、人事の人に怒られるかもしれない。ただ、うちに限っては離職率ほぼないから見る目があるに違いないだろう)

就活失敗して自殺する人も、くだらない就活で大切な命を落とす必要はない。会社に入らずとも、生きる道はたくさんある。

私は就活を通して、日本という国や大人をあまり信用できなくなった。だからこそ、社会を(さらに)批判的に見れるようになった。

こんな私を採用して下さった内定先には感謝、しかし、日本社会には不満がたまりまくる今日この頃。

日本社会の制度を作ってる人は、一体何を考えてるんだ。