院内学級の話をしたので、今度は通信制高校に勤めていた頃の話を。



この高校は、いわば分校的な立ち位置で片田舎に学習センターを設けていた。


私は縁があって、その学習センターの立ち上げから教員をさせていただいた。


この学校の先生方は、プロ中のプロだと思う。

私は公立の学校では見たことがなかった本物の教師を見た。


愛の人たちだった。




ここにくる生徒たちは、普通じゃなかった。


例えば、16歳の女の子。兄弟は5人。その長女。
父親は全員違う。
スナックに勤める母親に、客をとらされていた。家では、家事や兄弟の世話。洗濯が十分に出来ていなくて、洋服の袖口が薄汚れていた。


例えば、16歳の男の子。母親から邪険に扱われ、食事を与えらなかった。近くの畑のキャベツをかじって飢えを凌いだ。


例えば、17歳の女の子。日本人形のような黒髪と端正な顔立ち。それに似合わない低い声がコンプレックスで長い年月引きこもっていた。一言も声を発することが出来ない。人前で食べることもトイレにも行くことが出来なかった。


例えば、17歳の男の子。同じクラスの17歳の女の子2人にほぼ同時期に妊娠させた。その男の子の親は、もうすでに妊娠八ヶ月の女の子の親に言い放った。「里子に出したらどうですか?」


例えば、真夜中に電話がかかってきて、か細い声が言う。「センセイ、今、2階から飛び降りたの」先生は、なるべく取り乱すことなく答える。「今、どこかな?」そして、すぐに向かう。



これは一例だ。


けれど、たくさんの生徒を救ってきた学校であることも確かだ。





この社会の底辺は、暗闇なのだ。





その暗闇に、全力で手を差し伸べる先生方と、私は4年間ともにいた。





現在、あちこちに子ども食堂があるけれど、そのような支援の場所に関われるのは、まだ、立場の良い子どもたちだ。



本当に困窮している彼らは、とても行けない。
行ったことが親にバレると、どんな目に遭うかわからないからだ。