私の母は、心配症が故に少々?過干渉で、それなりに疲れる時も多かった。



彼女は幼い頃から苦労して、学歴はないが、友達の数はすごい。




私の何十倍もエネルギッシュで呆れるほど動く人。お世話好きで、お金にもならないことをなんでもやってあげて人徳者だと思う。





ただ、若い頃から病気が多く、手術や入院も多かった。


脳梗塞や心臓の冠動脈が詰まった時も、もうダメかと思う状態から、奇跡的に後遺症もなく、戻ってきた。
肺が破れたこともあった。







一昨日の朝、そんな一人暮らしの母から、前日から、あまりに胸と背中が痛く熱もあり、救急車を呼んだと家族LINEにメッセージがあった。



こういう時は危ない。母が救急車を呼ぶ時は、普通じゃないことをわかっている時だ。


母は、和歌山。
姉が千葉。
私が長野。
弟は滋賀。

一番近い弟が、すぐに走った。





弟からの連絡で、腹を括った。



大動脈解離。緊急手術だと言う。

病院からは、どうなるかわからないので会いたい人は来るようにと言われた。





私は仕事が山場だったが、急ぎすべてをキャンセルして、震えながら荷物を詰めた。




今長野を出たら、和歌山には夜の10時。




ところが、乗りたかったその電車にわずかな差で乗り遅れた。




夫にお願いして、娘を連れて車で向かった。



母は、弟に仕事の引き継ぎなど次々と伝えた。
その度に、興奮して血圧が上がり、繋いである血圧計が振り切ってアラームがなる。



看護師に叱られる。

「しゃべってはダメです。死にたいんですか⁈」

弟は、早々に面会部屋から追い出された。


その後、母は看護師に頼んで紙とペンをもらい、メモを書き付けて、弟に渡すように託し、手術に入った。







内容はこうだ。


お母さんに万が一があったら、葬儀は家族葬にしてください。誰と誰と誰は来たいと言えば拒まないであげてください。

お化粧は綺麗にお願いします。化粧品はどこどこにあります。

お母さんは、すべてのことに準備万端です。

でも、まだまだ死にません。
必ず元気になって帰ります。
よろしくお願いします。





すごい人だ。

生きることへの強い決意。まざまざと見た。



大動脈解離。発生から24時間で生存率が50%以下。48時間では、ごく少ない。母は、48時間を越えていた。


乖離の状況や発生の状態にもよる。

手術は、順調に行っても6時間。



私が病院に着いたのは、午前0時をまわっていたが、まだ、手術は終わらなかった。


同じように待合室で待つ家族が先に呼ばれ、助からなかった。泣き崩れる人々を前に


私も姉も弟も、さすがに緊張した。





けど、母は、約束通り











生きて帰ってきた。


なんてすごい人だ。




手術の成功で50%クリア。




いつ目覚めるかわからない。もしかしたら目覚めない人もいる。

脳への影響。四肢への影響。内臓への影響。


まだまだ課題は続く。



けど、彼女は、約束通り元気になって帰るだろう。なぜかそんな気がする。


何十年前か、母は入院中に相部屋の男性に言われた。

あなたの後ろに、神仏がいる。まぶしく光っている。だから、あなたは大丈夫だ。



母は、なんの証拠もないその話を喜んだ。


その男性はしばらくして旅立った。さすがの私も鳥肌が立った。




生きることへの信念。情熱。

それと信心深さ。人への思いやり。だから、人からも祈られる人なのだ。
(家族は大変ですが)


まずは、第一段階クリア。


まだまだここから。





しかし、医師の予想より遥かに早く、母は目を覚ました。私たちのこともハッキリわかり、わずかに話もできた。

弟が、「おかえり」と言った。




私はとりあえず一度、長野に戻った。(クタクタです)
そして、夫はいつも通り練習試合に行った。