節分は、愛犬の命日だった。
可哀想な犬だった。
結婚してすぐに、夫が拾ってきた。
けど、犬を飼ったことない私には、犬のしつけなどわからなかった。
夫は、ほとんど家にいなかった。
ミロと名付けた。
大型犬になった。
賢い犬だったけど、我慢ばかりさせられた。
可哀想な犬だった。
東日本大震災の頃、私が自分の中の深く暗い淵にいるころも、まだ、元気だった。
逝ったのはその翌年だった。
あの霊媒師のことをミロによく話した。
だから、私の中では、ミロは大きな存在だ。
外で飼っていた。気温は−10℃の朝方。
死んでいた。もう、病気だったのだ。そのショックは忘れない。
13才だった。私の暗い13年間を知っている唯一の存在だった。
泣きながら動物霊園に電話をし、深い雪の中、引き取りに来てもらった。優しいおじさんだった。
火葬は翌日になった。
その夜、いや、明け方だ。
私のところに不思議なことが起こるのはいつも明け方だ。
ミロが窓から入ってきた。
外犬だったから、家に入ってきたことなど一度もない。
霊体になったミロが入ってきた。
縁側に出るガラス扉から。ガラスをすり抜けて入ってきた。
私の体は布団に寝ていたけど、意識は覚醒していた。
ミロは、いつものへっぴり腰で、
「俺、ここに入っていいの?」って顔でキョロキョロしながら入ってきた。
霊体なのに、わざわざ布団をよけてゆっくりあちこち嗅ぎ回りながら、
クンクンクンクン、特に部屋の四隅を確認するように、調査してまわった。
子どもたちの頭の上もクンクンと。
そして、私のところにきた。
私は眠りながら号泣していた。
ミロ、ごめんよ。いつも我慢させてばかりで、ほんとにごめんと。
ミロは私の顔に鼻を近づけてクンクンしたけど、
ごくいつも通りだった。
特別、愛情表現するでもなく、怒っているふうでもなく、
そのまま、私の枕元から少しだけ離れて座ると、
いつものように、前足を交差させて、
そこに顔を置いて、
寝た。
生きていた時と、全く同じだった。
ミロが、怒っていなかったことと恨んでいなかったことが、何よりも私を安心させた。
夜明けになって、私は眠っていたことを知った。
翌日、動物霊園で最後に会ったミロは、
もう、ミロではなかった。
まるで、何かの入れ物だった。
でも、今朝方、夜明け前に私はミロに会った。
だから、私にはわかっていた。
火葬の前に、最後に
よく、なでてやりながら
「ミロ、13年間、楽しかったね。
ありがとう」
と、言えた。
節分が来るたびにミロを思い出す。
私は私である。
私はあなたでもある。