電波の向こうにいる人だったから、
実在するのかどうかわからなかった。
一度、お会いした。実在する人だった。
人に話せないことがあると言った。
とても穏やかで、ゆったりとしていて
「凪の人」だった。
絶対的な安心感を彷彿とさせる。
紳士だった。
歩く時は、必ず私を車道の内側に入れてくれた。
がっしりとした腕に、大きな火傷のような跡。
聞くと、昔彫った刺青を
肉ごと、こそげ取ったと笑った。
つまり、そんな組織にいたのだ。
今の仕事上、確かにそれは誰にも言えないだろう。間違いない。
なんの利害関係もない立場で、
人一倍好奇心が強く、
むやみに口外したりしない私を信じて話してくれたのだと思う。
かわいらしい人だと思った。
運動神経が良かったらしい。
だから、喧嘩が強かったのかも、と
はにかんだ。
なんだろう、話が、まるで現実味がなくて
映画の中の話のように聞こえる。
ものすごい話なのに、全然怖さを感じさせない。
何回、窮地に陥ったんだろう。
無事でいてくれて何よりだ。
その人は、そんなやんちゃな時代を経て、人生を立て直したあと
運命に導かれて
至極真っ当な仕事につき、
「どんくさいフリを続けてきた」と、いう口調が
また嘘みたいに穏やかで、
私のような毎日バタバタしている生活が、なんだか滑稽に思えた。
素敵な和食の店で、ポツリポツリと話しながら
とても美味しそうにビールをたくさん飲んで、
私は身の回りに飲む人がいないので、
すごく驚いた。胃袋の中に、こんなにたくさんビールって入るものなのかと!
すると、これくらいは普通だと思うけど
と、
また笑った。
楽しい時間だった。
また、会うことはあるのかな。
まだまだ謎の多い人。
いつも穏やかで、
凪いだ海を思わせる人。
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