モーグル(Mogul)・Skierでした
モーグル、1998年長野冬季オリンピックで里谷多英が金メダルを取り、現在は上村愛子が世界の頂点(2008年World Cup総合優勝)に立つ、日本が強い屈指のスキー種目である。
日本が強いスキー種目といえば第一にノルディック競技、ジャンプを挙げるだろう。
1972年の札幌オリンピックで70m級(現ノーマルヒル) 、金-笠谷、銀-金野、銅-青地 の日の丸飛行隊が表彰台を独占したあの栄光を忘れる団塊~40代後半の世代はいないであろう。
そして、1980年のレークプラシッドで八木弘和が70m級で銀、その後も1994年のリレハンメルでの団体銀メダル、1998年の長野で ノーマルヒル銀-船木和善、ラージヒル 金-船木和喜、銅-原田雅彦、そして団体(原田・斉藤・岡部・船木)で雪辱の金と、他種目を圧倒してきた種目である。
そして忘れてはならないのが、あのノルディック・複合の鉄人”荻原健司”である(2大会連続団体金メダル)
一方でアルペン系の種目と言えば、猪谷 千春(いがや ちはる)が、日本のスキー選手としては、1956年のコルティナダンペッツォ冬季オリンピックで日本人としてはじめて冬季五輪メダリスト(銀)となったのみである。
筆者は大学在学中の1981年から、見習いスキー・インストラクターとして山篭りをしてきたが、当時の師匠がモーグルで日本の1、2位を争う選手だったこともあり、その影響で1983年からモーグル競技に参加していた。
モーグルは、ノルディック、アルペンとは分けられ、”フリースタイル・スキー”の競技になるが、当時他種目では、アクロ(雪上フィギュア・スキー)、エアリアル(スキー空中回転競技)がこの競技と分類されていた。(その後、2001年を最後にアクロ競技はなくなる。) この3種目、何れも違う才能が求められ、モーグルはスキーであるが、エアリアルはトランポリン・体操、アクロはスキーと体操、といった具合に全く異なる種目を集めて”フリースタイル・スキー”と言っていた。
当初は3種目に手を出したが、早々にアクロはさっぱりと諦め、モーグル80%、エアリアル20%の割合にてトレーニングを積んだ記憶がある。
モーグルでは、ターンの正確さ、スピード、2回のエアー(ジャンプ)にて採点され優劣を争う競技であるが、その感触は”大きなコブの急斜面を真っ直ぐに飛び降り、途中で2回更に高くジャンプする” といったところであろうか・・・ 特にジャンプは怖い~(=^‥^A アセアセ・・・ 着地点を想定し凝視するが僅かなタイミングのズレで次の大きなコブへ落ちたり、落ちたショックで転倒したり、スキーが外れたり・・・ 怪我人も多く、脳震盪、骨折、脱臼、捻挫等、大会中幾度となく救急隊が呼ばれることも珍しくなかった。
全日本選手権にも参加したが、当時はマイナー種目だったこともあり、エントリーは50人前後、そしてその内半分は転倒、怪我、DNS(スキーが外れる)で失格。 要は、確実にスピードターンをコントロールし、質の高いジャンプを確実に行えば自ずと上位が狙える状況であった。筆者は最高で12位になったが、5位以内は超人的でありWorld Cupにも派遣されていた。
しかし、当時World Cupのレベルは日本のそれとは大きく掛け離れており、1回のMixジャンプで15~20mくらい飛ぶようない勢いであり、見ていて目が”点” Σ(゚Д゚;≡;゚д℃(゚д゚)エ?キタノ? になった記憶がある。
筆者は当時小学校6年の里谷多英とDualで練習したことがあるが、スピードでは危うく負けそうになった
(;´д`)トホホ
4年前まではフリップ(空中回転)は禁止されていたが、現在は上村愛子が見事なバック・フリップ(後方空中回転)・コーク・スクリュー720(720度の後方捻り回転)等で高得点を上げ、世界をリードする日本のお家芸種目になるとは、想像だにしていなかった。