家に帰ろう。家に帰る。
それは「安らぎ」ですか?

私にはその行為は「闘い」です。
ある意味、一緒にいていちばん疲れる相手である母がいるところが私の「家」だから。

親子とは言え他人だし、性格だって全く違います。
もうお互いが思うように歩み寄ることは無理なのだろうと思います。
でも、私は未だに母からの「承認」を求めてしまいます。「充分認めてる」と言われますが、何かが違うのです。
職場を出てから帰宅するまでにシュークリームやエクレアなど、ホイップクリームを使ったスイーツを10個くらい食べてしまうので、帰宅して晩御飯なんてもう見たくないのですが、食べないと「食べる時にちゃんと食べへんから夜中にお腹が空くんちゃうの?」とか見当違いなことを言われるのでムリヤリ詰め込みます。
吐くこともできず、サプリメントも買えず…当然、どんどん太っていきます。そうするとネガティブなスパイラルに陥り、朝からホイップクリームを求めてうろつくことになってしまいます。

一人暮らしできる給料ではないし…

どこで妥協すべきなのでしょう。
さて、不調の波は収まるどころかひどくなっているような気がする。
6時半に家を出てバスに乗って最寄り駅に到着するのが
7時前。そこから一時間経っていないのに、シュークリームとエクレア、クレープなどを5個お腹に詰め込み気持ちが悪い。
吐けないので余計に苦しい。                                                                                                                            


さいたまスーパーアリーナでの公演をドタキャンした沢田研二さんの「意地」の意味がどうしても理解できません。

 

それなりに席が埋まるということは、人気のバロメーターだと思うのです。それってイベンターや事務局の人たちがどうにかできることなのでしょうか?例えば、沢田研二さんのファンではないサクラを雇って9,000人以上のお客さんが来ていたら、沢田さんは気持ちよく歌えたのでしょうか?

 

その時さいたまスーパーアリーナに来られていたお客さんの中にもいろいろな方がいらっしゃったんじゃないか?と勝手な想像をしてしまいます。

年金やパートの収入からチケット代を捻出した人がいたかもしれない。グッズを買ったり、顔見知りのファンの人たちとの再会を心待ちにしていた人がいたかもしれない...

 

チケットを払い戻されても、代替公演をしてもらってもそれらは「戻らない」と思うのですが…

「積木くずし」シリーズの著者で俳優の穂積隆信さんが亡くなられました。

 

俳優の穂積隆信さん死去=著書「積木くずし」が話題に
 非行に走った娘との葛藤を描いた著書「積木くずし-親と子の二百日戦争」が話題となった俳優の穂積隆信..........≪続きを読む≫

 

ドラマは見ていませんでしたが、単行本はまだ家の本棚にあります。

きっと何の悪意も悪気もなく、同じような体験をして苦しんでいる方たちの参考になれば...という思いで書かれたのだと思います。

でもその結果、モデルの由香里さんは外出すると指をさされ、ドラマのシーンを見ては「私はもうあんなことしないよね」と泣き、また非行に走ってしまいました。

ご両親はこの前後「教育評論家」として「娘を更生させた」経緯を講演して飛び回っておられたようです。

結局、どちらも由香里さんの心に寄り添い、居場所を作ってあげることはできなかったのでは?と思います。

ご両親ともに亡くなられているので死者に鞭打つような表現になりますが、あの本を1冊で封印し、どんなことがあっても自分たちが守るからという気持ちを伝えてあげて欲しかったです。

由香里さんのお母様が自殺された時も、父である穂積さんを思いやって「お父さんは来ないで。私がちゃんとやるから。マスコミに知られたら大変だから」と一人で事後処理をしたようです。離婚していたとはいえ、その娘の言葉に甘え切ったとしか思えない態度には怒りを覚えた記憶があります。

 

「積木くずし」を書かなければ...とたびたび言いながら、結局早逝した由香里さんのことまできっちり書いた穂積さん。自分の俳優としての体面と一人娘だった由香里さんの心、どちらが大切だったのでしょう...

 

何やかやでもう10月も3分の1を残すのみ。

そろそろ喪中はがきの準備をしなければ。

父が亡くなったことは本当に大変だったけど、大好きな叔父が亡くなったことの方が衝撃は大きかったかもしれない。

 

でもさすがに3親等の叔父のことを喪中はがきに書くのは…

 

どっちも大切なんですけどね…

 

 

子どもの頃から動物の毛のアレルギーがある。
犬や猫を見て「かわいいな」と思ってもさわれない。
最近は症状はマシになっているけど、それでもその時の体調次第で身体が痒くなったり、呼吸が苦しくなるときがある。

昨日の帰りに盲導犬が乗ってきた。いかにも賢そうな、おとなしい犬だ。
問題は私の体調の方だった。少し呼吸が苦しくなり、身体がかゆくなってきた。離れた方がいいと判断して「すみません」とドアの近くに避難しようとしたら、聞こえよがしにこんな言葉が 。
「犬嫌いかなんか知らんけど、盲導犬やで。その辺のペットとは全然ちゃうのにな」
「あんなに慌てて逃げんでもなあ、えげつないなあ」

好きで離れているんじゃないんです。
何なら私の体質をそっくり貴女たちにあげる。
それでもそんな言い方ができるんですかね?
数年前に乳腺外科にお世話になっていたことがあった。
しこりがあるように感じて乳腺エコーを受けたところ、嚢胞の中に腫瘍があるかもしれないということだった。
マンモ、MRIなどいろいろ検査をしていただいた。
幸い、エコーの影のようで悪いものは見つからず、少しずつ間を空けて定期検診を受けてきた。

1ヶ月ほど前にまた同じような箇所にしこりのようなものができ、しかもさわった時に前回より痛みがあるので病院に行くことにした。
すると母が「私もついて行く」と言う。
前回、まだ腫瘍らしきものが本当に腫瘍なのかどうか、仮に腫瘍だとしても良性のものか悪性のものかわからなくて不安な時期について来た母は言った。
「あんたは食生活とか生活リズムとか、ちゃんと考えてへんからや」
それ、今言わなあかん?
確かに考えてないというか考えていても過食になったり拒食になったりするんやけど。エコーに写っているものがどういうものなのかわからず、不安でたまらん時にそういうことを言い放てる神経が私にはどうしても理解不能なのだ。そしてそのある種の悪気がない「健やかさ」についていけないのだ。

今回も母はついて行くと言い、やんわり断ったがついて来た。検査の結果、服用している向精神薬や睡眠薬に微妙にホルモンバランスに影響するものがいくつかあり、それで乳腺が張った状態になっているんじゃないかとのことだった。
緑内障ではない方の右目の視野欠損の原因も恐らくそういうことだろう、ということだったから何か言って来るだろうと思っていたら、やはり来た。
「意識して身体を動かしたら疲れで寝れるもんや。薬に頼らんでも生活していける方法を考えなあかん」

だからさ。
そんなんで寝れるんなら苦労しないのよ。精神科も向精神薬もいらんのよ。減薬できるようにせなあかんなあとこぼした私に「もうそれもあんたの個性やと割り切らなしゃあない」とか何とか言ったの、何だったの?

今日、昔からある狭い路地を歩いた。街灯も少なくて、日がかげったら薄暗い。
野暮用があり、そこへ行く近道が薄暗い路地だったのだ。

しばらく歩いていると、突然後ろから肩を叩かれた。
めちゃくちゃ驚き、イヤフォンを外して振り向くと、黒いウィンドブレーカーを着て首にタオルを巻いた50歳前後の男性がいた。知らない人だ…私に何の用だろう?

「な、これでどう?」
男性が私に見せたのは一万円札と避妊具。

そういう風に扱ってもらいたかったはずなのに。
「うん」と頷きさえすれば、何かが変わったのに。
大きな大きなチャンスだったのに。

こともあろうに、「ごめんなさい」と逃げてしまった。

根性なし!



可愛かずみさんの4枚目のシングル、「星屑のシネマ」がお気に入りでよく聴いている。
フラメンコ調(?)のアレンジがカッコよくて、イントロから引き込まれてしまう。
かずみさんがこの曲を録音したのは20歳から21歳くらいまでなのだと推測されるが、年齢相応の恋愛観を上手に表現されているなと感じる。


特に2番の「あの夜死ぬまで一緒と誓ったね」という歌詞は秀逸だと思う。かずみさんは特に力を入れることなく歌っておられるようだが、若さゆえにそう思い込める「幸せな時間」があることを思い出させてくれる。
懐かしいような、気持ちがヒリヒリするような、そんな気分を味わいながら聴いている。
大切な彼が精神疾患に罹患し、投身自殺をとげてから来年で20年。
「アニキがこんな風になっちゃったから、アニキと同じ学部を受けて研究の手伝いをしようと思っているんです」と話してくれた彼の上の弟はどうしているのだろう。予備校に通いながらも、兄の治療費を気にしていくつかバイトを掛け持ちしていた。
兄の死をどうとらえ、どう生きているのか…

私にとって、漠然とした自殺願望も含めて受け入れてくれた人だった。もしこの人を失ったら自分も生きていても仕方がないと思わせてくれるくらい大切な存在だったのだ。

死にたい、もう生きていても仕方ない、なぜ彼の後を追わなかったのか…
本当に、常に心の中に渦巻いている感情なのだけれど全然実行できない。

これじゃ単なる「オオカミが来たぞ!」だよ…