さいたまスーパーアリーナでの公演をドタキャンした沢田研二さんの「意地」の意味がどうしても理解できません。
それなりに席が埋まるということは、人気のバロメーターだと思うのです。それってイベンターや事務局の人たちがどうにかできることなのでしょうか?例えば、沢田研二さんのファンではないサクラを雇って9,000人以上のお客さんが来ていたら、沢田さんは気持ちよく歌えたのでしょうか?
その時さいたまスーパーアリーナに来られていたお客さんの中にもいろいろな方がいらっしゃったんじゃないか?と勝手な想像をしてしまいます。
年金やパートの収入からチケット代を捻出した人がいたかもしれない。グッズを買ったり、顔見知りのファ ンの人たちとの再会を心待ちにしていた人がいたかもしれない...
チケットを払い戻されても、代替公演をしてもらってもそれらは「戻らない」と思うのですが…
「積木くずし」シリーズの著者で俳優の穂積隆信さんが亡くなられました。
俳優の穂積隆信さん死去=著書「積木くずし」が話題に
非行に走った娘との葛藤を描いた著書「積木くずし-親と子の二百日戦争」が話題となった俳優の穂積隆信..........≪続きを読む≫
ドラマは見ていませんでしたが、単行本はまだ家の本棚にあります。
きっと何の悪意も悪気もなく、同じような体験をして苦しんでいる方たちの参考になれば...という思いで書かれたのだと思います。
でもその結果、モデルの由香里さんは外出すると指をさされ、ドラマのシーンを見ては「私はもうあんなことしないよね」と泣き、また非行に走ってしまいました。
ご両親はこの前後「教育評論家」として「娘を更生させた」経緯を講演して飛び回っておられたようです。
結局、どちらも由香里さんの心に寄り添い、居場所を作ってあげることはできなかったのでは?と思います。
ご両親ともに亡くなられているので死者に鞭打つような表現になりますが、あの本を1冊で封印し、どんなことがあっても自分たちが守るからという気持ちを伝えてあげて欲しかったです。
由香里さんのお母様が自殺された時も、父である穂積さんを思いやって「お父さんは来ないで。私がちゃんとやるから。マスコミに知られたら大変だから」と一人で事後処理をしたようです。離婚していたとはいえ、その娘の言葉に甘え切ったとしか思えない態度には怒りを覚えた記憶があります。
「積木くずし」を書かなければ...とたびたび言いながら、結局早逝した由香里さんのことまできっちり書いた穂積さん。自分の俳優としての体面と一人娘だった由香里さんの心、どちらが大切だったのでしょう...
何やかやでもう10月も3分の1を残すのみ。
そろそろ喪中はがきの準備をしなければ。
父が亡くなったことは本当に大変だったけど、大好きな叔父が亡くなったことの方が衝撃は大きかったかもしれない。
でもさすがに3親等の叔父のことを喪中はがきに書くのは…
どっちも大切なんですけどね…