昨日無事に祖母の四十九日法要と納骨が終わった。
何となく「この人より先に死ねないな」と思ってきた存在がなくなったことが突きつけられている。

子どもの頃の私は、とにかく嘘つきな子どもだった。
嘘をついてでも、自分の方を見て欲しい子どもだった。
そして、何べん怒られても、親の財布からお金を盗む癖も治らなかった。
みんなが食べている、普段は食べられない駄菓子を買って食べることなんかが嬉しかったのだ。
そんな感じで自分が悪いことをしているのに、すぐにバレる嘘をつくことの繰り返しだった。
悪いことをしなければいいのに…でもそれができなかった。
怒られるのは当たり前だけれど、とにかくその場を取り繕うことに必死で嘘の上塗りをしてしまうのだった。
(今も瞬間的に嘘をついてその場を誤魔化そうと思うことが多々ある)。

あまりに嘘ばかり言い、手癖の悪さもひどくなるばかりだったある日。
台所にいた母に呼ばれた。母は静かにこう言った。
「あるところに嘘ばっかりつく子どもがおるねん。何べん怒っても平気で嘘をつく子やねん。その子の親、どないしたと思う?」
私は答えに窮し、「殺してしまうかな」と言った。
母は「違うねん。許してん。その子が自分で気づいてくれたらええなと思って許してん。でもその子は気づかへんねん」と言って、改めて私の方に体の向きを変えた。
「お母さんと一緒に死のか」
そう言って、私の喉元に包丁を突きつけた。
さほど怖い、とは思わなかった。イヤでもなかった。

母にとって、私は「殺せる」存在なのだと思った。

あの日、いっそのこと殺してくれればよかったのに。