重い槍
稲穂が張る葉月のはじめ
わたしの両の手にはわたしを引き立てるものがある。
それは、わたしのものではなく実は借り物なのだけれど
いつかは返さないといけない大事なもの
そして、持っている限りは最大限の活用をしなくてはならない、という自戒。
わたしの槍はそういうやりでありたい。
それでは、またのちほど
BJ拝
ヴェネッツィアとBJ
つつつつっついに。。。
そう、あれはまだBJがおぼこい(幼い、の意味)頃、そう右も左も、いえ前さえも分からなかった時分です。
それは大きく分けるならば今でも変わりのないことですが、いやはや年齢を刻むように数字を重ねることを除けば名馬(詳しくは猪)ジローラモがBJの下へ来た以来の大革命。。。
どきどき
文月の最後に袂に現れたその名はヴェネッツィア
かわえぇぇ
それでは、またのちほど
BJ拝
社会から逃れたワールド
あ、どうもBJです。こんにちは。
わたしは、恐らくこのブログを見ている世界とは違う世界に生きていて、そこでの日々を送っています。
しかし、その世界はあながち、あなたがたとは無縁ではなくむしろ秩序作りの上で、とても似ています。
ここの住人は多々種類がいますが、そう、それはとてもごく自然に、あなたたちの世界と同じように。
その中の幾人かは、あなたたちの社会に嫌気をいくらか抱えこの世界にやって来ました。
もしかしたら、このブログに来たひともそんな生活を送っているのかもしれませんね。
しかし、嫌気をさして飛び込んだ先の社会でも、やはり秩序だったルールを形成しないと不安に陥ります。世界は至るところで不安が浮遊していますが、みなその不安を拭い去るか住み分けをするか、受け入れるかで生きています。
そう、その不安はひとかもしれないし、状況そのものを指すのかもしれません。
ひとや状況が不安であり、困難である場合、容易にひとは拒絶し距離を保つことでそれらの状況を回避することができる、
というのはあまりにも短絡的ではありませんか?
複雑に絡まった社会から、イージーなワールドに飛び込んだけれど、やはりそこでもイージーではなかった。
go ahead, go ahead...
それは本来、ポジティブな台詞
ワールドはどこでも、生き方があなたを作る。
気絶したって笑っていたいじゃない
BJ拝