ヨシミは那覇の半分以上を仕切るヤクザ、真栄城(まえしろ)一家の理事。大きな取引を控え、組の金庫に眠っている2億円を奪って高飛びしようと考えた。その計画の手始めに深夜、組の本社を襲う。ところがそこには思いもしなかった真栄城組長がいた。成り行き上、ヨシミは組長を殺してしまう。
矢作俊彦と司城志朗のゴールデンコンビによる、なんと25年ぶりの新作『犬なら普通のこと』の、ここまではカバーの裏に書いてあるイントロだが、まだまだトバ口。
ヨシミの弟分、彬は大仕事を目の前にしているにもかかわらず、はやくも自分の役割を放棄し、沖縄を離れるに当たってのただひとつの心残り、早枝子を追い回している。
ヨシミ、彬ともに、一癖も二癖もある男だが、早枝子(もちろんいい女だ)も腹の底でなにを考えているのかまったく知れない。彬を焦らすだけ焦らしておいて、ストーカーの郵便局員! を殺ってくれたら、やってもいいわよ、なんてあからさまな嘘を吐く。
かくして2億円強奪のために露ほどの失敗も許されない、おまけに時間もないところに、余計な問題まで抱え込み、他の組員たちや、ヨシミの妻、森(この一文字が名前)もぞろぞろと登場し、さあいよいよ沖縄ハードボイルド小説本編の幕が開く……。
前段から、たっぷり濃厚。このあと、ヨシミ、彬、早枝子、森の過去が語られ、なぜこの沖縄に流れてきたかが明かされつつ、ヨシミと彬の2億円強奪作戦は進行するのだが……。
あとは読んでください。男と女の愛憎、裏切り、クルマ&銃、もちろん手に汗握るアクションシーン、さらには沖縄の歴史性や特殊性……、およそ考えられる要素は全部ブチ込んだかのような、読みどころ満載の、文句なしのエンターテイメント小説だ。
タイムリミットがあるのに、つまり本当はこのクソ忙しいにもかかわらず、なのだが、彬と早枝子がマツダ・ロードスターで国際通りをゆっくり流すシーンも用意されていて、ここでは小説の時間もややゆっくりとなる。そしてこのシーンのカッコよさといったら! まるで映画のスローモーションを観るように美しくロマンティック、それでいて彬のチンピラ魂が爆発する、今年読んだ小説のなかでも屈指の名シーンです。
そういえば、沖縄を舞台にしたハードボイルド小説を読んだ記憶がない。かつて、あったんでしょうか? なかったとすればなぜだろう?
ここを抜け出したいヨシミも彬も、沖縄を悪し様に言うが、矢作・司城コンビが描く沖縄は、濃厚で甘美な毒に満ち、もちろんたまらなく魅力的である。 (BJ塚本)
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