こんにちは。

桑原通夫です。

 

少し古い話ですが・・

2009年に突如起きた

トヨタ不正問題は・・

完全な言いがかりだった。

 

2008年にトヨタは販売台数で

世界一になった.

 

そのトヨタを潰そうとしたのでは・・

そんな疑惑の残る事件でした。

 

2008年に世界一になったトヨタは・・

その翌年の2009年に突然

リコール騒ぎが起きた・・

 

章男氏が社長就任した年です。

その翌年の2010年、2月に

 

米議会の公聴会に呼び出され、

4時間に渡り、厳しい質問を

投げかけられた・・

 

その原因は、米・カルフォルニア州で

トヨタ車(レクサス)を運転中、

急加速事故により、一家4人が亡くなった

自動車事故について・・

 

事後原因は車の欠陥によるもの・・と

見られていたからです。

 

他にも138件もの事故もトヨタのせい・・

という訴訟が起こされていました。

 

この騒動を受けて、トヨタは

大規模リコールを実施しました。

 

結果的には・・事故原因について、

アメリカ合衆国運輸省の最終報告では、

 

トヨタ車に機械的な不具合はあったものの、

疑われた電子制御装置に欠陥はなく、

 

急発進事故のほとんどが

運転操作のミスだったことが

証明された・・ということです。

 

世界一になった直後のこの訴訟問題は

明らかにトヨタ潰しを図ったものでは・・

とささやかれました。

 

単なる運転者の操作ミスだったのに

完全な 濡れ衣を着せられて・・

大規模リコールまで発展・・

 

車の不具合委ではなく、運戦ミスによる

事故だったのに来関わらず、

豊田章男氏が謝罪させられた・・

 

2009年6月に社長に就任して間もない

時の話で、当時はトヨタ・バッシング・・

あるいはトヨタ戦争・・とも呼ばれた事件です。

 

公聴会を終えた二人は、ワシントンで開催された

タウンミーティングに参加。

 

そこには、彼らを激励するために、

全米から集まった米国トヨタの販売店、従業員、

関係者たちの姿があった。

 

豊田社長は、うれし涙で声を詰まらせながら、

力強く、謝辞を送った。

  ↓

“At the hearing, I was not alone.
You and your colleagues, across America, 

around the world, were there with me.”

  ↓
「公聴会で私は孤独ではなかった。

米国そして世界中の仲間たちが

私とともにいたからです」

  ↓

このスピーチは大々的にメディアで報道され、

日本人、アメリカ人の心を動かした。

 

トヨタに批判的だった日本のマスコミの態度も

がらりと変わった。

 

アメリカの騒ぎは「ジャパン・バッシング」であり、

それに晒されながら、

よく生き延びて帰ってきたと、

トヨタの評価は上がった・・

 

正に 人間万事塞翁が馬・・ですね。

 

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