
銀河鉄道の夜に出てくる「ラッコの上着」というワードに、昔から、心がざわついて仕方なくて
でもその理由が分からなかった。
今ずっと、先住民族の記憶にアクセスしながら動画の台本を書いていて
その過程でやっとわかったのです。
ラッコの上着、とは
室町時代から明治時代にかけて、アイヌと大和民族との間で行われた交易で扱われたものでした。
アイヌが狩猟したラッコの皮や、鹿の皮や角などが本土へと流れました。
(銀河鉄道の夜には、ジョバンニのお父さんが鹿の角を学校に寄贈した、という話しも出てくる)
賢治のふるさと岩手は、先住民族である蝦夷のふるさとでもあり
蝦夷は(諸説あるが)アイヌの祖先であると考えられています。
賢治の生きた時代はとくに、蝦夷とアイヌを同一視する説が主流だったので
賢治は、アイヌを、自分のふるさとに暮らした祖先のような存在と感じていたのでしょう。
それが 物語に投影されたのです。
銀河鉄道の夜は
朝廷から迫害された蝦夷のメタファーや、迫害の歴史の悲しみが反映されている、とも言われ
東北の、隠された悲しい歴史と
先住民族の「霊性」が、物語に投影されている、という解釈もされています。
そういうことを、今思い出す必要があったようです。
賢治にコンタクトしたところ
ジョバンニの一家はアイヌだ、とのことでした。
もちろん物語には出てきませんが、アイヌの一家という設定で書いたそうです。
賢治の、先住民へのまなざし。
その悲しみの歴史を深く思い巡らせていたこと。
民族融合への切なる祈り。
賢治の創作の奥にあった、それらのものを
あらためて感じざるを得ませんでした。
賢治の祈りのひとかけらでも、わたしに伝えることができるといいのですが。
🍀写真の挿絵は、賢治自作の版画