■位置情報で店舗に顧客誘導

 スマホ文化に新風吹き込む「位置情報+SNS」の機能を持つアプリ。位置情報を活用して消費者を確実に店舗に誘導することに特化したサービスも、続々と登場している。

「スマポ」のチェックイン画面
 「これまでのチラシや新聞広告では集客効果を測定することが難しかった」と話すのは、スポットライト(東京・港)の柴田陽(27)。

柴田によれば、新聞などに入っている折り込み広告のコストは1枚約5円。2500円を投じて500人に配っても「平均の集客人数は1人程度」(柴田)という。「費用対効果を考えずに広告費をばらまくのではなく、そのお金を店に来てくれたお客さんにお礼として還元できないか」——。柴田は新サービスの着想をこう語る。

 同社が昨年9月にサービスを始めた「スマポ」の仕組みはこうだ。

 ビックカメラや大丸、丸井などの量販・小売店や、HIS、全日空の売店にユーザーがスマホでチェックインすると、そのたびに10~30円のポイントが付与される。ポイントをためることで、共通の商品券などに交換できる。

 位置情報を使ったチェックインサービスは、「GPSと独自開発の通信技術を組み合わせ、実際にお客が店にいることを正確に特定することで可能になった」(柴田)。人の耳には聞こえない音声信号を発する通信技術を開発。小売店などのフロアごとに縦横高さが約10センチメートルの小型発信器を設置する。これが信号を出すと、半径30メートル以内にあるスマホのマイクが反応して、人の存在をチェックすることができる。GPS単体よりも位置情報の精度を高めている。

 同社が開発した通信技術を使えば、壁やガラスがフロア内を遮っているビルや、多数の店舗が隣り合わせになっている大型ショッピングモールなどでも、「どのお客が、どの店にいるか」を正確に把握できる。例えば、メンバーカードやポイントカードを発行し、来店のたびに機械で読み込むことで客を誘導していた店舗でも、「新サービスは小型の発信器を置くだけで始められ、設備投資も格段に低く抑えられる」(柴田)という。

 2月中旬段階で、首都圏を中心に50店舗、約70カ所が同サービスを導入している。「昨年までは、『スマホもいいけど、従来のガラパゴスケータイに対応していないサービスがないと集客が不安……』という企業担当者もいたが、今年は風向きが変わってきた」(柴田)。企業側もスマホの機能をフル活用した販促活動に力を入れ始めている。

 現在、ユーザーは数万人で首都圏が大半だが、今年は新たに大阪、名古屋、福岡などにも地域を広げ、近く加盟店舗を100店に増やす計画だ。

■「ネットとリアル」を橋渡し

「ポイントライフ」はチェックインすることでポイントがもらえゲームなどで使える
 「2012年のキーワードは、O2O(オンライン・トゥー・オフライン)」。価格比較サイト「ECナビ」などインターネット分野での事業開発を手掛けるボヤージュグループ(東京・渋谷)社長の宇佐美進典(39)はこう断言する。O2Oとは、ネット上のつながりをきっかけに、ユーザーを実際の店舗など「リアル」な場所に誘導したりするビジネスモデルだ。

 同社も昨年から、位置情報を使ったポイント付与サービス「ポイントライフ」を始めた。家電量販店やドラッグストア、コンビニエンスストア、スーパーなど全国5万カ所でチェックインができる。ためたポイントは、同社専用のポイントとしてゲームなどで使うことができる。1月末には、宅配ピザのドミノ・ピザジャパン(東京・千代田)の店舗でスマホを使ってチェックインすれば、持ち帰りする際に割引率を引き上げるサービスを始めた。現在、ユーザー数は2万人。新規加盟店の顧客獲得に向け、アパレルや交通機関と交渉中という。

■日本の感度に対応、世界に挑める

 「GPSやセンサーなど位置情報の要素技術は開発段階を終え、2012年からは本格的に利用され始める」と話すのは、慶応義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科の神武直彦准教授。「スマホの普及で、人の位置データを含めた個人情報を取得・分析し、ビジネスに生かす流れは一段と活発になる」(神武准教授)。

 MM総研(東京・港)の調査によれば、11年3月末の国内の携帯電話端末の総数1億912万件に対するスマホ契約率は8.8%。12年3月末は23.1%と前年比2.5倍となり、15年末に半数を超える見通しだ。出荷台数ベースでは、スマホが12年3月末に49%を占めるとの予想だ。

 GPS技術でも今年は変革を迎える。衛星からの電波が届く屋外だけしか位置情報をキャッチできなかったが、これまで「死角」とされてきた屋内でも可能になりつつある。神武准教授は、建物内でも機能する測位システム、IMES(インドア・メッセージング・システム)の研究・実用化に取り組む。

 3月には、東急電鉄が運営する大型商業施設二子玉川ライズ(東京・世田谷)で、屋内GPSの本格的な実証実験が始まる。ここを訪れた人は、自分がいるフロアの地図や最適な避難経路などをスマホで受信できるほか、クーポン券や広告も受け取れるという。

 グーグル日本法人(東京・港)も昨年12月、スマホ向けの地図検索サービス「モバイルグーグルマップ」に、駅や空港、商業施設などの構内地図が表示できる機能を追加したと発表。屋内、屋外で動き回る人の位置が分かれば、大企業から個人商店まで、刻々と変化する「商圏」をリアルタイムで把握することができる。店舗にとっては、より効果的な広告・販売促進策に結びつけられるほか、テーマパークや観光地では実際の顧客行動を反映させた出店計画やレイアウトの変更も可能になる。

 ただ、位置情報サービスの高度利用には落とし穴も潜んでいる。「どこで、なにをしているか」が分かってしまう、究極の個人情報だからだ。プライバシー侵害への懸念から、欧米ではスマホなどの技術的な発展に対し、技術とプライバシーをバランスよく保つことを目的とする『Privacy by Design(プライバシー・バイ・デザイン)』の考え方が広がっている。

 つまり、システムやサービスの開発段階から、プライバシー保護に対応できるよう作り込んでいく手法だ。プライバシー保護は世界的な流れだが、位置情報に関して国際的な標準化やルールが整備されているわけではない。

 慶応大の神武准教授は、「日本は世界のなかでもプライバシー保護に関する要求・感度が高い。日本の自動車メーカーが自主的に厳しい環境対応で世界に先行したように、海外でのルール作りに注視しつつ、国内の利用者が満足できるサービスやアプリを開発できれば、世界市場で戦うチャンスは十分にある」と指摘する。さらに「大震災を境に位置情報サービスは社会インフラとしても普及が期待されており、日本はその先進事例になれる可能性がある」(同)。

 人工衛星などを使った測位技術が進歩すれば、数センチメートルで位置を把握することもできる。ゲーム、仲間同士の連帯、ビジネス、そして、社会インフラ——。位置情報サービスは技術と用途の両面で急速な進化を遂げようとしている。スマホの爆発的な普及も手伝い、同分野ではアプリやサービスの開発と、それを収益に結びつける競争が一段と激しくなりそうだ。