リサイクルショップ起業に至るまで -独立の理由なんてこんなもんなんです- | 30歳で10万円握りしめて起業、8年目年商1億円の会社社長のこれから日記

30歳で10万円握りしめて起業、8年目年商1億円の会社社長のこれから日記

これから起業していこうと思っている方、起業して自分で商売しているお仲間方、成功してらっしゃる諸先輩方、いろいろな方に情報を発信したり、教えをいただいたりしながらこれからまた頑張っていこうと思い、ブログを始めることにしました。

どもです!

僕が起業する前は、名前を聞けばだれでも知ってるような大きな企業に勤めておりまして。。。
で、なんで辞めることになったかっていうのをさらっと書いていきたいと思います。
。。。さらっとがさらっとにならないですね。。長いですすみません。


ままま、続けます。
独立した理由は、おおきく3つほどあります。
1.小さいころからなぜか自分で稼ぎたいっていう気持ちが強かった
2.海外回っていろんなものを見てしまった
3.上司という存在が嫌い
です。
完全に自分語りですがご容赦ください(^_^ ;)


1についてなんですが、父は普通のサラリーマンでしたし、母も専業主婦です。
両方の祖父も不動産会社に勤めていたり旧国鉄の社員だったりで、自分で商売をしている人が皆無の環境でした。
小さいころの住まいも父の会社の社宅団地でしたし、影響を受けるような要素はなかったんですが、なぜか自分で稼ぐ、みたいなののあこがれが強かったです。

小学校のころに、当時はやっていたキョンシーのお札を作って友達に1枚5円で売って、ツケで買った友達の売り上げを回収しようとして先生にチクられて怒られたりしてましたし、高校生の時の文化祭はクラスでフリマやろうって言って、全生徒から不要品を集めて売ってました。もちろん売り上げは全額寄付に回されましたが。。。

あと、良くなかったのが大学の後半でパチスロ覚えちゃったことですね。。。
当時めちゃくちゃ出ちゃう機種が多くて、ちょっと頭と足を使えば簡単に月50万円くらい稼げちゃったんです。。。
月収50万円がサラリーマンになったらそりゃあ割に合わないって思っちゃいますよね。。。


2については大学に入って趣味で海外でバックパッカーやってまして。。
大学の休みは長いんで、休みの期間は夜中のバイトをできるだけ入れてお金ためて、休みになると海外に行くっていうのを3年くらいやってました。
んで、バックパッカーっていうのはなぜか行った国でそこでの最低限の生活をするっていう文化があるようで、その国の水準で一番安い宿を探し、一番安い飯を食うんです。
そうなると当然結構なところに足を踏み入れることになって、そういうところに住んでいる現地の人たちや、旅行者なのか浮浪者なのかわからないような人、いろんな人たちを見ますし、しゃべることになります。
そういう人たちとしゃべってると、なんていうか、どうにかなるもんだなと、所詮1/60億なんだな俺の人生、みたいな変な悟り?みたいな感覚になっちゃいまして。。堅実に人生をどうのっていうのからはみだすのに抵抗が薄くなっちゃってました


3についてはこれも昔からなんですが、「自分が認めた人以外のいうこと聞きたくない」っていう、社会人として絶対ダメだろっていう悪癖があります。たぶんこれ、父の遺伝です。
自分で商売を始めてからは、自分より先に商売をやってる、自分より大きな規模で商売をやってる、っていう観点が生まれて、謙虚さっていうものがやっと体に染みついたんですが、サラリーマンやってるときはダメでしたね。。。
まあ、当然上手く行くわけないです、サラリーマン生活。
まあダメ人間ですよね、自分で自分の居場所少なくしてしまって、ついには心折れて辞める、と。


まあ、そんな感じです。しょーもない理由なんです、独立の理由。。。
でも、たいそうなご立派な理由でしか独立しちゃいけないなんて決まりはありませんし、結局のところ大事なのは独立してからの行動だと思うんです。


んで、辞めるって決めたらあとはとにかくさっさと辞めるっていうのが一番の優先事項になってしまって、「何でもいいから手元の10万円で始められる商売はないか??」っていうので色々と情報を探して探してたどり着いたのがリサイクルショップを始めるという事であり、師匠との出会いでした。


この後の数年間は頭フル回転、休みなしの生活が続きます。でも楽しかったですよ。できることがどんどん増えていくってのは。


ではではまた!


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