前回の気づきから、橋本翔太さんのYouTubeを見ていて、はっとなることが多い。



①感情のお世話

②お金にまつわる嫌な気持ち

③私の喜びを親は喜んでくれなかった



そんなこと。






アダルトチルドレンは親のお世話をしないといけなくて、子どもらしく、自分らしくいられなかった。



でも私、、、親のお世話なんてしてないし

むしろお世話してもらってたけどな…

そう思ってた。







そしたら、





感情のお世話





ていうのが出てきて、

親の愚痴を聞く、ご機嫌を取る、そういうのを感情のお世話というらしい。




それは常にしてたなぁ〜てことに気づいた。





母はいつも父の愚痴ばかり言っていた。

でも辛いんだろうから、聞いてあげないとと思った。



確かに経済面や家庭のこと、どうしてお父さんは家のことをかえりみてくれないんだろう?てずーーーっと思ってた。



私が説得して、わからせてあげないと。

私がお母さんの気持ちを代わりに伝えてあげないと。

お父さんとお母さんが喧嘩にならないように言ってあげないと。

お父さんとお母さんが話さないなら、私が話してあげないと。




そうやってなんか頑張ってた。




だけどそれが嫌で、高校卒業以来、私は本当に実家に近寄らなかった。

お盆もお正月も、生活費稼ぎたいから、お父さんお母さんにお金の心配させないように、

てことを理由に帰らなかった。





親が最低限振り込んでくれる家賃も、なんかずっと罪悪感があった。




適応障害になって苦しくなった時でさえ

母は、ずっと私に愚痴を言ってきた。




その時はじめて、愚痴を言われるとしんどいって泣きながら怒りながら伝えた。

愚痴を言われるのがいやだったんだ、ていうのは気づいてた。





私はパパっ子で魚釣りや遊びに連れて行ってくれる父が好きだった。

ただ仕事について行くだけ、車に乗ってるだけでよかった。

その時間は母から逃れられる時間だったのかもしれない。





でも、母といるときにはその父の悪口を言わなきゃいけない。

否定すると怒るし悲しむから。





そう言うことが、子供心ながら辛かったんだな。

気づかなかった。知らなかった。






そんな母方の祖父は酒乱だったし

ちゃぶ台返しもしてた。

そんな親のもとで育った母にもいろいろ苦しい思いがあったんだろう。

母も同じ真ん中っ子でいろいろ苦しかったんだろう。




父方の祖父も私はあまり覚えてないけどすごく優しかった。

でも、父から聞く祖父はとても厳しくて、その祖父に耐えて耐えて、頑張ってきたんだと思う。

祖母はお嬢様で、思うように好き勝手する人。





その祖母と母がよく衝突していたことも

子供心ながら、けっこうしんどかった。

おばあちゃんを悪く言われることも

お母さんを悪く言われることもどっちも。





今は祖父母も他界してそういうことはなくなったし、

父も母へ歩み寄ろうとしてどちらも丸くなったな、と思うから、そういうの忘れてた。





お父さんやお母さんに好かれたくて大事にされたくて頑張ったんだね。

もう、いいよ。

あなたは大人で、そんなことしなくても生きていける。



機嫌をとろうとしなくてもいいよ。




そう思った。



聞いてあげられる時は聞いたらいいし、

聞きたくない時は聞かなければいい。

そうしよう。