死とは肉体からの解放だと思います。

肉体があると制限される事が多いです。
意識だけなら(多分)ひとっ飛びで行ける離れた場所に、肉体があると乗り物や歩きで時間と労力を消費して行かねばならないし、肉体があると見た目や容姿を気にしてあれこれ思い悩む事もあります。
やれダイエットだとか、やれプチ整形だとか、顔が気に入らない、体型が嫌い、なんとかかんとか。
肉体があるから人として生き、社会の中で必然的に人間関係を築く。
体裁だの見栄だの、傷ついただの傷付けただのなんたらかんたら。

日焼けした、虫に刺された、お腹が痛い頭が痛い、怪我した怪我させた、触った触られたどーのこーの。

もちろん肉体を持って人として生きる事で経験できることがあり、そこから学ぶために生まれてきているのだから上に挙げた事なんてあって当たり前なんだけど、それでもやっぱり肉体がある故の制限や不自由さってちょっと面倒くさいなぁとか思ってしまいます。

だから死は解放なんだと私は思います。

亡くなって肉体を持つが故の煩わしさから解放されたのに、尚この世に留まり続けて、人ではない者の力を使ってまるで人のような低レベルな悪戯を赤の他人にする。

まさに"低級"な"霊"。

そんな悪戯をしたところで満たされることはないでしょうに。
人をからかって振り回して、それが楽しいと思うならその感情は偽物。
その場から離れられない寂しくて惨めな自分を認めたくなくて、自分は楽しいんだと思い込んで自分を誤魔化している。
解放されたあとまで何やってるの。
自分は楽しいんだ、なんて誰に対して見栄を貼っているのか。

自分を委ねて行くべきところに連れていってもらった方がよっぽど貴方自身のためだよって思うんですけどね。