しょうがないっていいな。僕は自由が好きだけど、全部自由なんてまっぴらごめんだとも思う。いちいち全部選んでいたら、毎日が衣食住で終わっちゃうぜ、と思ってる。じゃあ自由ってなんだろう。
それは何やってもいいよってことだ。何を選んでも選ばなくてもいいよってことだ。それが錯覚だとしても選択肢がひとつしかないとしても、僕はそれを選んだと思って生きていきたい。
毎日はルーティンでできていて、その都度選ぶものってほとんどない。朝ごはんだって移動手段だって使うカメラや挨拶の仕方だって、ほとんど前もって決めたものだ。だけど、それを自分で決めたことが僕にとってはとても大事なことで、それが自由だと思ってる。
そして自分で決めたことをやるかやらないかも、僕が決めたいんだ。
じゃあしょうがないっていうのは何がいいんだろうな。しょうがないは制限で、制限は自由を脅かすものとされている。けど、しょうがないは好き。
しょうがないってのは、自由に含まれてる感じがして好きなんだけど、それはどういうことなんだろうな。
自由って言葉の自由さは、少し危険な気がしてる。自由でありたいというときに、僕らは無制限の選択肢を思い浮かべる。でもそれってほんとじゃないよね。僕らは何にだってなれないし、どこへでも行けるわけじゃない。だけどそれでも僕の自由は少しも損なわれないことを知っていたいから、しょうがないって言葉が好きなんだろう。タブン。
選ぶときの現在地はいつもここだ。僕らは過去を変えることが全然できない。今このタイミングからしか、選択できない。今までのことは全部しょうがない。この現状もしょうがない。
だけど。
僕は自由にこれからのことを選ぶことができるんだぜ。というのが、僕にとってはとても救いになります。