こないだ高木さんと話してから、力を抜くというか、自意識を抜いた写真を撮れたらいいなと思ってる。自意識というか、他人からどうみられたいかを考えないような写真。それはとても難しい。写真撮る時と写真選ぶ時、そして色をコントロールする時と、写真を何処かに出す時。全部の時に他人の視線が心をよぎる。自分の好悪だけで、自分の面白だけで、作ることができない。自分の思いみたいのなを強くすれば、できるのか。それとも他人への怖さとかみくびりをなくせばできるのか。自分の脳で判断して写真撮ってるみたいだ気がしてるけど、シャッター押す時には、きっとどこかの誰かの目を気にしてる部分がある。自慢したい気持ち。よくみられたい気持ち。
キーワードは諦めだと思うんだけど。昔からキーワードは諦めで、自分の持ってるモノと持ってないモノをはっきりと区別して、持ってないモノをゲットするのを諦めて、持ってるモノの良し悪しを考えるのを諦める。そうしてから、自分のできるベストなモノを作るだけってのがいいな。1番いいことをしようとすれば、きっとこれしかできないってのがわかるはずなんだけど、邪念が渦巻いていて、難しい。
子供の見て見てーってのはいいな。そんくらいになりたい。
子供と一緒に暮らしてて思うのは、なんか褒めたり怒ったりする必要ってらあんまりないなーってこと。必要なのは注目することだけだ。その子がなにしてるかとか、その子のやってることのどこに面白を感じているかとか、そういうのをじっと見てるだけで、安心を感じてやる気が出るっぽい。子供が絵を描いて、それを見せてくれた時にSNSをやってて上の空ってのが、良くない。その時子供に伝わるメッセージは、僕は君の絵よりSNSの方が興味があるんだよ、ってなる。言葉で何言っても変わりゃしない。態度でしか判断しないんだから。サッカーでも塾でもお絵かきでも、なんでも、子供のやること親が関心を持つことだけが、多分親のできるベストなこと。