ひらめき電球コラムニストの尾藤克之です。

ひらめき電球ご訪問ありがとうございます!

 

22冊目となる著書を出版しました。

読書を自分の武器にする技術 (WAVE出版)

 

↓↓記事はここから↓↓


 

枇杷かな子『今日もまだお母さんに会いたい』(KADOKAWA)を読んだ。
 

今日もまだお母さんに会いたい
(枇杷かな子 著)KADOKAWA
https://www.amazon.co.jp/dp/4046853999/

枇杷かな子『今日もまだお母さんに会いたい』を読みながら、そんなことを考えた。著者が描くのは、劇的な別れの場面ではない。一緒に食べたもの、ふたりで歩いた道、何気ない会話の断片。そうした「日常」の記憶が、静かに、しかし確かに積み重ねられていく。


昨年、私は母を膵がんで亡くした。医師から余命宣告を受けたとき、母はショックで倒れ込んだ。「1カ月もたない、間違いなく死にます」という言葉は、あまりにも残酷だった。心の準備をする時間すら与えられなかった。


あれから1年。一周忌を終えて、ようやく日常を取り戻しつつある。だが、ふとした瞬間に母のことを思い出す。スーパーで母が好きだった食材を見かけたとき。母がよく観ていたテレビ番組が流れてきたとき。そうした些細な日常の中に、喪失の記憶は潜んでいる。


本書の著者も同じ経験をしているのだろう。約2年の介護を経て両親を見送った後、著者は「もう会えない」という現実と向き合う。その過程で思い出すのは、やはり日常の断片だ。特別な出来事ではなく、当たり前のように過ごした時間。それが、失ってから初めて、かけがえのないものだったと気づく。


興味深いのは、本書が「大好きな母」と「ずっと苦手だった父」を並行して描いていることだ。親子関係は必ずしも美しいものばかりではない。著者は『余命300日の毒親』で、暴力を振るう父との関係を赤裸々に描いている。

 

その経験を経たからこそ、本書には複雑な感情が滲む。愛情だけでなく、後悔や葛藤も含めた「本当の別れ」が描かれている。


私自身、母との関係を振り返れば、後悔ばかりが浮かぶ。もっと話を聞いておけばよかった。もっと一緒にいる時間を作ればよかった。しかし、そうした後悔もまた、喪失の一部なのだろう。


本書のタイトル「今日もまだお母さんに会いたい」には、時間が解決してくれない痛みが込められている。1年経っても、5年経っても、会いたいという気持ちは消えない。それでも人は日常を生きていかなければならない。本書は、その矛盾を抱えながら生きることを、静かに肯定してくれる。


SNS発のコミックエッセイという成り立ちゆえ、各エピソードは短く読みやすい。だが、40ページ以上の描き下ろしが加わった書籍版は、断片的だった物語に一本の筋を通している。「喪失から再生へ」という普遍的なテーマが、著者の繊細な筆致で描かれている。


もう会えない誰かを想いながら生きる人は多い。本書は、そうした人々の心に静かに寄り添う一冊である。
 

書籍評価レポート

■ 採点結果
【基礎点】          44点/50点(テーマ、論理構造、完成度、訴求力)
【技術点】          20点/25点(文章技術、構成技術)
【内容点】          22点/25点(独創性、説得性)

■ 最終スコア   【86点/100点】
■ 評価ランク  ★★★★ 推奨できる良書

■ 評価の根拠
【高評価ポイント】

テーマの普遍性と深度:「ありふれた悲しみ」を描く覚悟があり、親を亡くした経験を持つ多くの読者の心に響く普遍的テーマを扱っている

構成の奥行き:「大好きな母」と「ずっと苦手だった父」という対比により、単純な美談に回収されない複雑な感情が描かれている。『余命300日の毒親』との連続性が作品に厚みを与えている

タイトルの秀逸さ:「今日もまだ」という言葉に、時間が経っても癒えない痛みと日常を生きる現実の両方が凝縮されている
 

【課題・改善点】

SNS発ゆえの構成的制約:各エピソードが短く断片的になりがちで、書籍版の描き下ろしで補完しているものの、全体の流れにやや継ぎ目が残る

介護エッセイとしての新規性:構成としては「介護エッセイの王道をなぞっている」面があり、ジャンル内での革新性は限定的

父との関係の掘り下げ:本書単体では父との複雑な関係の詳細が『余命300日の毒親』に委ねられており、本作内での完結性にやや欠ける
 

■ 総評
喪失の痛みを「特別ではないが軽くもない」ものとして描く誠実さが本書の核心である。SNS発のコミックエッセイという出自ながら、書籍版では40ページ以上の描き下ろしにより物語に一本の筋が通り、「喪失から再生へ」という普遍的テーマが著者の繊細な筆致で結実している。親を亡くした悲しみを抱える読者に静かに寄り添う、推奨できる良書である。

 


↑↑記事はここまで↑↑

 

 

※Yahoo!ニュースで数百万PVを記録した記事

<東洋経済オンライン>

「させていただく」多用する人にモヤっとする理由

日本3位「国会議員の報酬」世界30カ国ランキング

 

<オトナンサー>

歯科医が警鐘を鳴らす、食べていると確実に「死」に近づく食べ物とは?

田村淳さん慶大院進学に批判コメント殺到、怒りが引き起こす情動~
眞子さま、小室圭さん最終章へ 必ず最後に愛は勝つ!

「24時間テレビ」を批判するだけで、何もしない人の摩訶不思議!

“財布の神様”を崇拝して、長財布伝説を信仰する人たちの不思議
 

<JBpress>

新型肺炎、パチンコ店への立ち入り自粛なされぬ理由

<速報>ゴーン被告会見、専門家はこう見る!!

逃亡ゴーン被告、このまま「逃げっぱなし」になるか

 

ひらめき電球コラムニストの尾藤克之です。

ひらめき電球ご訪問ありがとうございます!

 

22冊目となる著書を出版しました。

読書を自分の武器にする技術 (WAVE出版)

 

↓↓記事はここから↓↓


 

枇杷かな子『今日もまだお母さんに会いたい』(KADOKAWA)を読んだ。
 

今日もまだお母さんに会いたい
(枇杷かな子 著)KADOKAWA
https://www.amazon.co.jp/dp/4046853999/

両親が同時期にがんと診断され、約2年の介護の末に見送るまでの日々。余命宣告、最後の家族旅行、弱っていく親を見つめる日々。構成としては、介護エッセイの王道をなぞっている。どこかで読んだことのある展開だと言われれば、そうかもしれない。
だが、この作品には「ありふれた悲しみ」を描くことへの覚悟がある。


昨年、私は母を亡くした。膵がんステージ4。医師から「1カ月もたない、間違いなく死にます」と告げられ、母はその場に倒れ込んだ。心の準備をする間もなく、戦う前に殺されたようなものだった。


結果的に、昨年は何もできなくなった。本が書ける状態ではなく、数冊の執筆オファーを見送った。一周忌が過ぎて、ようやく少し落ち着いてきた。そんな今だからこそ、本書の描く「喪失と再生」が胸に沁みる。


著者は特別な出来事を描かない。一緒に食べたもの、ふたりで歩いた道。そうした何気ない記憶の断片を丁寧にすくい上げていく。私にも思い当たる。母と最後に何を食べたか、何を話したか。そうした些細な記憶が、今となっては宝物のように思える。


タイトルの「今日もまだ」という言葉が象徴的だ。「会いたい」ではなく「今日もまだ会いたい」。この「まだ」には、時間が経っても癒えない痛みと、それでも日常を生きていかなければならない現実の両方が込められている。喪失は一度きりの出来事ではない。毎朝目覚めるたびに、ふとした瞬間に、繰り返し訪れるものだ。


本作でとりわけ目を引くのは、「大好きな母」と「ずっと苦手だった父」という対比である。親を看取るエッセイは美談になりがちだが、著者は父との複雑な関係から目を逸らさない。

『余命300日の毒親』では、暴力を振るう父の介護という重いテーマに正面から向き合っている。その経験があるからこそ、本書には単純な感動物語に回収されない奥行きが生まれている。


親を亡くした悲しみは、実は驚くほど「ありふれている」。誰もがいつか経験する普遍的な喪失だ。だが、その普遍性こそが厄介でもある。「みんな経験すること」だからこそ、自分の悲しみをどう扱えばいいのかわからなくなる。


本書は、そうした迷子になった感情に寄り添ってくれる。「あなたの悲しみは特別ではない。でも、だからといって軽くはない」と。


もう会えない人への想いを抱えて生きる。特別なことではなく、人間として当たり前のことだ。本書は、その当たり前の重さを、静かに、しかし確かに伝えてくれる。
 

書籍評価レポート

■ 採点結果
【基礎点】          44点/50点(テーマ、論理構造、完成度、訴求力)
【技術点】          20点/25点(文章技術、構成技術)
【内容点】          22点/25点(独創性、説得性)

■ 最終スコア   【86点/100点】
■ 評価ランク  ★★★★ 推奨できる良書

■ 評価の根拠
【高評価ポイント】

テーマの普遍性と深度:「ありふれた悲しみ」を描く覚悟があり、親を亡くした経験を持つ多くの読者の心に響く普遍的テーマを扱っている

構成の奥行き:「大好きな母」と「ずっと苦手だった父」という対比により、単純な美談に回収されない複雑な感情が描かれている。『余命300日の毒親』との連続性が作品に厚みを与えている

タイトルの秀逸さ:「今日もまだ」という言葉に、時間が経っても癒えない痛みと日常を生きる現実の両方が凝縮されている
 

【課題・改善点】

SNS発ゆえの構成的制約:各エピソードが短く断片的になりがちで、書籍版の描き下ろしで補完しているものの、全体の流れにやや継ぎ目が残る

介護エッセイとしての新規性:構成としては「介護エッセイの王道をなぞっている」面があり、ジャンル内での革新性は限定的

父との関係の掘り下げ:本書単体では父との複雑な関係の詳細が『余命300日の毒親』に委ねられており、本作内での完結性にやや欠ける
 

■ 総評
喪失の痛みを「特別ではないが軽くもない」ものとして描く誠実さが本書の核心である。SNS発のコミックエッセイという出自ながら、書籍版では40ページ以上の描き下ろしにより物語に一本の筋が通り、「喪失から再生へ」という普遍的テーマが著者の繊細な筆致で結実している。親を亡くした悲しみを抱える読者に静かに寄り添う、推奨できる良書である。

 


↑↑記事はここまで↑↑

 

 

※Yahoo!ニュースで数百万PVを記録した記事

<東洋経済オンライン>

「させていただく」多用する人にモヤっとする理由

日本3位「国会議員の報酬」世界30カ国ランキング

 

<オトナンサー>

歯科医が警鐘を鳴らす、食べていると確実に「死」に近づく食べ物とは?

田村淳さん慶大院進学に批判コメント殺到、怒りが引き起こす情動~
眞子さま、小室圭さん最終章へ 必ず最後に愛は勝つ!

「24時間テレビ」を批判するだけで、何もしない人の摩訶不思議!

“財布の神様”を崇拝して、長財布伝説を信仰する人たちの不思議
 

<JBpress>

新型肺炎、パチンコ店への立ち入り自粛なされぬ理由

<速報>ゴーン被告会見、専門家はこう見る!!

逃亡ゴーン被告、このまま「逃げっぱなし」になるか

 

ひらめき電球コラムニストの尾藤克之です。

ひらめき電球ご訪問ありがとうございます!

 

22冊目となる著書を出版しました。

読書を自分の武器にする技術 (WAVE出版)

 

↓↓記事はここから↓↓


 

新年の挨拶を送った人も多いだろう。「あけましておめでとうございます」と「あけおめ!」——同じ意味でも印象はまるで違う。タイムラインの中で、誰の言葉が目に留まるか。その差を生むのは、実は語尾だったりする。

■文末表現の2パターンを自在に操る!
文章の印象は、語尾の使い方で大きく変わる。「だ・である調」は重みがあり断定的、「です・ます調」はやわらかい印象を与える。同じ内容でも、語尾を変えるだけで読み手の受け取り方はまるで違う。

「だ・である調」の名文といえば、夏目漱石の処女作『吾輩は猫である』だろう。冒頭を見てみよう。

吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪(どうあく)な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々を捕えて煮て食うという話である。

「吾輩は猫である」——この一文が持つ威厳と滑稽さは、「である調」だからこそ成立する。猫が偉そうに語るというギャップが、読者の心をつかむのだ。

これを「です・ます調」に置き換えるとどうなるか。

私は猫です。名前はまだありません。どこで生れたかも全く見当がつきません。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶しています。私はここで初めて人間というものを見ました。しかもあとで聞くところによると、それは書生という人間中で一番獰悪(どうあく)な種族だったそうです。この書生というのは時々私たちを捕えて煮て食べてしまうという話であります。

丁寧にはなったが、猫が話すという面白みが消えてしまった。「私は猫です」では、ただの自己紹介である。漱石が「です・ます調」を選んでいたら、この作品は文学史に残らなかったかもしれない。

■どちらを選ぶか——目的で決める
一般的に、レポート類、論文、記録文などは「だ・である調」がよく使われる。事実を端的にまとめ、意見を主張する必要があるためだ。新聞の社説やビジネス書もこちらが多い。

一方、「です・ます調」は読者との距離を縮めたいときに有効である。ブログ、メールマガジン、顧客向けの案内文などは、やわらかい印象を与えるこちらが適している。

私の場合、通常は「だ・である調」で書くことが多いが、媒体や読者層によって使いわけている。硬軟を自在に操れるようになれば、表現の幅は格段に広がる。

ただし、絶対に守ってほしいルールがある。「です・ます調」と「だ・である調」を一つの文章の中で混同しないこと。混在すると、読み手は違和感を覚え、文章全体の信頼性が損なわれる。どちらかに統一する。これは鉄則だ。

■語尾を変化させて、リズムをつけよう
語尾を統一したら、次のステップがある。同じ語尾が続くと、平坦な文章になり、稚拙な印象を与えてしまうのだ。以下の例文を読み比べてほしい。

〈語尾が同じ場合〉

アップル航空は、安全運行に対する姿勢について以前から批判を受けています。航空整備士が不足し、整備ミスが相次いだことから、社長は国会に参考人招致されています。多くの人命を預かる航空会社としては不適切ではないかと問題視されています。安全面よりも利益を重視する考え方が、当時から顕在化しています。

4文連続で「〜ています」。読んでいて息苦しくないだろうか。

〈語尾に変化をつけた場合〉

アップル航空は、安全運行に対する姿勢について以前から批判を受けていました。航空整備士が不足し、整備ミスが相次いだことから、社長は国会に参考人招致されています。多くの人命を預かる航空会社として不適切ではないかと問題視されたのです。安全面よりも利益を重視する考え方が、当時から顕在化していました。

同じ4文、同じ内容。しかし語尾を変えただけで、文章にメリハリが生まれた。

語尾のバリエーションを持っておく
「です・ます調」であれば、「〜です」「〜ます」「〜でしょう」「〜ました」「〜ません」「〜ですね」など。「だ・である調」であれば、「〜だ」「〜である」「〜なのだ」「〜だろう」「〜と思う」「〜ではないか」など。

これらを意識的に使いわけるだけで、文章のクオリティーは確実に上がる。プロの書き手は、無意識にこれをやっている。

たかが語尾。されど語尾。文章の印象は、最後の数文字で決まる。

文章術はビジネスシーンだけで必要なわけではない。お礼状、案内文、SNSの投稿——私たちは日常のあらゆる場面で文章を書いている。語尾を意識するだけで、あなたの文章は見違えるほど読みやすくなる。今日から実践してみてほしい。

【追伸】
2年ぶりの新刊が、今年2月〜3月に出る。詳細はまだ明かせないが、これまでにない一冊になる。楽しみにしていてください。

 


↑↑記事はここまで↑↑

 

 

※Yahoo!ニュースで数百万PVを記録した記事

<東洋経済オンライン>

「させていただく」多用する人にモヤっとする理由

日本3位「国会議員の報酬」世界30カ国ランキング

 

<オトナンサー>

歯科医が警鐘を鳴らす、食べていると確実に「死」に近づく食べ物とは?

田村淳さん慶大院進学に批判コメント殺到、怒りが引き起こす情動~
眞子さま、小室圭さん最終章へ 必ず最後に愛は勝つ!

「24時間テレビ」を批判するだけで、何もしない人の摩訶不思議!

“財布の神様”を崇拝して、長財布伝説を信仰する人たちの不思議
 

<JBpress>

新型肺炎、パチンコ店への立ち入り自粛なされぬ理由

<速報>ゴーン被告会見、専門家はこう見る!!

逃亡ゴーン被告、このまま「逃げっぱなし」になるか