最近ブログさぼってますねダウン


あの一日に何度も更新していた情熱が早くも冷めてしまったのでしょうかw


最近本を読み出して、


私本読み出すと他のことしたくなくなるんですよね本


音楽ネタの更新もしたいけどさぼってます。。。




ここで近況を簡単にCHUりっぷ


一昨日はバイトにいきました。


何か元々英語のビデオに日本語でアテレコするっていうバイトなんですけど、


「今回はアシアナ航空(韓国の航空会社)9月のJ-POPチャンネルのMCをやってもらいます」


とのことでってえ?仕事内容変わってない?


元は英語で、それを自分で日本語に直してしゃべるっていうやつで、


はずかしいですよね、チャンネルはそのままで、とか言うんですよ、本当にはずかしい。。。


しかも紹介する曲の10割を聞いたことが無い私が紹介ww


まぁ何かいい経験になりました^^




昨日は中国人&日本人の友達とカラオケカラオケ


そのあとインド料理を食べに行ったんですけど、


チーズカレーとかほうれん草意カレーとか間に肉が挟んであるナンがめっちゃおいしかった★(´∀`)★


真剣にインド旅行を考えるほどのうまさでした(・∀・)b


帰ってから香港人の友達が


「ポニョ見ようぜ」


と言って部屋に来たので見ました。


見たことなかったんですよ、ごめんなさいw


何かすごい癒されました☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


ジブリってなんか別の世界につれていってくれる感じでいいですよね★




今日の夜はその香港人と一緒におかゆを食べにいく予定(流石にお粥の絵文字はありませんでしたね、作る気もないですけどw


そういえば初めてあった中国人はちょっと話してると私が中国人じゃないことに気づくんですけど、


必ず「香港人?それとも台湾人?」と聞いてきますw


多分香港人とかシンガポール人とかと一緒にいすぎて港台なまりの中国語になってしまったのだと思いますw


発音が日本人っぽくなくて、どっちかと言うと香港人台湾人っぽいと言われるのです。


それも面白くていいかなと思う今日この頃w






今日は雨が降るとの予報にも関わらず、


一日中いい天気晴れ


気温も高くなく適度に風もあって湿気もなく、


ここ最近では驚くほどすごしやすい一日でしたので気分がいいです^^


お昼は韓国の友達とごはんナイフとフォーク


その子とほぼ彼も友達なんですけど、


彼女は彼が自分に気があると思ってるみたい。


もともときれいな子でもてるからそういうことに敏感な子なんですけど、


あんなメールもらったらちょっと気があるのかなって思うんだけど。。。


つか彼自身も女の子にもてるし、


女の子によく冗談でそういうこと言う。


私は普通の女だから、


他の女の子とあんまり仲良くしてるとこみたらやっぱり悲しい。


私は彼女じゃないから、


何も言う権利ないと思って今まで我慢してきたけど、


私にキスしたり好きだよって言ったりしたんだから、


ちょっとは気ぃ使ってほしいよ。。。


メールしてさりげなくイヤミ言ってやる!




帰ってからは洗濯して、


本読んで、


あ、名高い佐伯啓思先生の『アダム・スミスの誤算~幻想のグローバル資本主義』っていう本なんです。


それでイギリスのお金(何ポンドのか忘れた)のどれかの裏がアダム・スミスなんですよ。


私が「アダム・スミスだぁ」と言うと、


彼は「実はこの人が有名人ってことは知ってるけど何した人か知らないんだよね」とかいうwww


説明してあげると


「何でそんな知ってるの?」と聞くので


「前は経済専攻だったんだよ」と言いましたが、


高校とかで習いますよね普通wwwというか同胞ですぞwww


ただ経済専攻とは言ってももっぱらの文系ですので、


経済思想と理論のほかには興味が無いよ☆




今は聖書を読んでいるあいまに友達から誕生日プレゼントでもらったお香を焚きながらこれ書いてます♪






ここ最近、聖書とそれに某教においてそれに準ずる書物を読んでます。



最初にことわっておきますが私は今のところ神様を信じる予定はありませんのでw


正直ちょっと超越した何かを強く信じるという感覚を体験してみたくはあるのですが、


もともと若かりし日は無神論や虚無主義思想に傾倒していたこともあり、


今ではそう強く神という概念を否定したりとそういう気持ちも無いのですが、


信じるつもりもないです。


今の私にとって神やそれにまつわるターム(天国など)といったものは


信じる人間のところには存在するし、


信じない人間にとっては存在しないものだと思っています。



ぱっと見の感想としては、


意外と文学的価値のある文章(押韻や比喩など)であるということです。


東西に関わりなく見られる原始的なそれぞれに対応するもののある二元論(天と地、父と母など)。


そして叙事性が高いということ。


物語として読むにもそれなりに面白い文章だと思います。


ただ旧約聖書の大部分は夥しい人名とその歴史等の記述なので、


文章的には清潔なのですが正直めんどくさいw



そして冒頭に書いたそれに準ずる(ある教派において)書物ですが、


これも物語としてそれなりに興味深く、


聖書と対応させて読むと面白いです。


これは一応その著者が掘り起こした金属板に書かれた文章を英語に翻訳したことになっていますが、


これの書物を信じる人はこの書物は聖書に精通した人間なら自分で書けるかもしれないという可能性を疑ってみたことがあるのだろうかとふと思ったりしました。


私はこれが偽物だと言いたいわけじゃないんです。私にはそんな権利も証拠もないし、どちらが事実であるか分からないけれど、本物であるという証拠も無いと思うんです。


何を以って真実だと断定するのか。


聞いてみたいけれど聞いたら怒られそうw



その書物の中の神様は人を裁き、人を呪い、滅ぼす神様。


でも神様を信じて戒律を守って一生を終えれば救ってくれるそうです。


印象としては超民族ユダヤ教的な感じです。



んで他の教派でもそうでしょうけど、


信じないと救ってくれないんですよね。


じゃあ救ってもらわなくて結構ですと私思うんですけど。


よしんば私が神様を信じて、信じない大切な人を死ぬまでに何とか説得しようと努力するとします、でもその子は最後まで信じなかった、それで私は天国に行ける権利を手にしていたとしても私なら大切な人と一緒に地獄に行きたいです。


それはいいとして、


私の聖書に対する認識は最初から単に人倫や道徳に関する書物、人としてのルールブック的な色彩が強く、新約にしてもイエスという哲学者による広義の哲学書なんじゃないかなと思うんです。



これらの本を読んで思ったこと、


愛とは差別をすること。


愛とは自分にとって大切なものとそうでないものを分けること。


神の愛でさえ差別をするということ。


その書物の中で律法がなければ罪悪もないと書いてありますが、


愛が無ければ憎しみもないんです。


分かってらっしゃる。





あ、余談ですけど絶対相対主義ってものすごい矛盾を孕んでいる理論ですよね。


「絶対のものは存在しない」という命題が真だとして、


この命題も絶対では無いですよね。


「絶対のものは存在する」という命題は仮にいくつも反例があったとして少なくとも自己矛盾はしないですよね。


これ誰か解決してる哲学者とかはいないんですかねぇ?


私は今でも相対主義支持なのですが、手放しで絶対相対主義を支持する論拠がないですから、難しいですね。






長々とすみません、何かひきますよね、こういうこと書いてw


m*x*では書けないことですw