▼新年も既に明けきって久しいが、めでたいの。
皆の者は、正月は何をしておったのじゃ?わらわは帰郷しておった。
魔界に正月はないが、やはり人間の身体を借りてると、何となくこちらの風習も身についてしまうものだのう。ほほ。
▼さて、今回は久方ぶりに漫画のレビューじゃ。
前回同様、「猟奇刑事マルサイ」になる。
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1話目のタイトルは、「生前葬儀祭」というものだった。
何とも聞きなれない。
しかし2話目のタイトルは皆、覚えがあるのではないだろうか。
2. 『プロジェクトX・挑戦者たち”地底の星”』
そう、今は無きあのNHKの熱い男達の番組である。
夢に向かって努力し、光明が見えたと思えば追い込まれ、しかしそこを協力し合って乗り越え、ついには成功を掴む――何とも分かりやすく感動しやすく、胸に響く。
この話も、例のその番組と似通っている。
ただ、違うのは一点のみ。
夢に向かって努力し、追い込まれ、協力し合い乗り越え、そして――。
失敗したのである。
窓際族にいたエンジニアが三人集まり、ベンチャーグループとして、
あるものの開発に取り組んでいた。
埋没式の、地下シェルターである。
努力のかいもあり、それは無事に完成した。そして残るは、実施試験のみとなる。
その内容はシンプルだ。
その地下シェルターで、約一年の間、生活を行うのである。
24時間365日、監視つき。
多大なストレスと恐怖、疲労を伴うこの試験を行う場合には、当然被験者が必要となる。だが三人しかいないこのベンチャーグループに、そんな被験者を雇う金があるはずもない。
そうして被験者は、三人の中で一番若かった青木が、結婚したばかりの妻と二人、入る事となった。
一年間、である。
外との通信手段はあると言えど、日も差さず窓さえも無い。
「本当にすまない」と謝るグループのリーダーに笑顔で「ぜんぜんです」と答え、その上冗談を飛ばす余裕すら見せる妻。
夫の仕事に理解があり、優しく、そして強いのが伺える。
そしてそれは、数ヶ月がたっても変わらなかった。
夫とセックスをしながら、「コンドームがシェルターにはもっと必要ね」と笑う妻は、髪が少し伸びただけで、入った時と変わらず夫を支えているのが分かる。
暗く狭く、何も無い空間。それでも見せる気遣いと笑顔。触れ合う肌。
夫婦愛とはこういうものなのだろう。だがそれはあくまでも、夫婦愛を心配なく行う事の出来る環境があっての話、なのである。
果たして、何の後ろ盾も守りも無い状況で、新婚である妻は、いつまで夫に献身的な態度でいられるのであろうか?
その答えが、分かる日がやってきた。
嵐の吹きすさぶある夜、シェルターにいる二人を観察していた田端の元に、リーダーから一本の電話が入る。
「じつは 黒い連中にも金を借りてしまっていてな…
きみも早く身を隠したほうがいいぞ。
青木たちのことは頼む」
「なっ なんの話ですかっ!
あともう少しで成功だってときに!」
弱弱しい、震える声で告げられた突然の宣告に、田端は声を荒げた。
実験を始めて数ヶ月、初めて知らされる事実。
しかしその電話を受け取り激昂した田端は、リーダーを問いただす事が出来なかった。シェルターの中にいる、青木とその妻にも、何も伝える事が出来なかった。
何故ならそのすぐ後、落雷によって命を落としたからである。
シェルターの中に、二人を残したまま。
シェルターの中に二人がいる事を、
誰にも知らせぬまま。
まず、シェルター内の電気が切れた。通信も勿論、途絶えた。
しかし突然のそんな障害にも、二人はあまりうろたえなかった。
そもそもこのシェルターは、そういった事態に対する対処のために、作られたシロモノである。食料も後半年分はゆうにあった。
「大丈夫だよ」という青木の言葉に、妻も笑う。
しかしそれもやはり、一ヶ月も、もたなかった。
語気を荒げ、不安をぶつける妻。それに応えない夫。
関係が、段々と瓦解していく。
もちろん一向に状況は良くならない。相変わらず、連絡も取れない。
しかもその上言い争っている最中に、トイレが逆流する。
汚水タンクが詰まったのである。
シェルター内はどんどんと糞尿の入り混じった水で満たされ、そして…
「背中にもういっこ隠してるの、出しなさいよっ!
ひとりで食べるつもりでしょ!」
「欲しけりゃお前も、クソの中もぐってとってこいよ!」
溜まった汚水のせいで、缶詰やレトルト以外の食料は全て、駄目になってしまった。
少しの食料を、糞尿の入り混じった水の中を潜り、探す夫。それを待つ妻。当初は譲り合いの精神も、感謝の気持ちもあった。
しかしそれから三ヶ月。
二人の間には、そんな余裕は、今や少しも無かった。
▼この先の結末は、是非諸兄らの目で直接確かめて頂きたい。
まだ2話目では、この先の話で見せる視覚的なグロさも、大したエロさもない。ただ最後に待っている精神的な暴力は凄まじい。
人間は極限に追い込まれた場合、どうなるのか。
いつまで正気を保っていられるのか。
理性が本能に負けてしまう瞬間に、切欠はどこだったのか。
結末までの過程に、それらはあまり克明には描かれていない。だが、だからこそ我々は想像力を働かせてしまうのだ、強制的に。
▼少しだけ、最後の結末のヒントを与えよう。
この事件には、第1話と同様に個性のある刑事が出てくる。そして解決へと導いていくのだが、その刑事が最後にシェルター内の様子を読み取り、呟いた一言。
「よかった、生きてるわ。……でも…ひどい…」
気になった諸兄は、是非一読をお勧めする。