最近ヨガにはまってます。

こんなにもはまるかって程に。日に2度クラスに行ってる位に。

前々からやりたいなと思ってたけど、パーティ三昧、毎日の仕事に負われてていた私はなかなか時間を作れず。。
今やるしかないと思って、ほぼ毎日のようにヨガに通ってる私。

新しい事をやると、今まで気づかなかった自分の癖や性格、今まで見る事のなかった世界を垣間みれるのが素晴らしい。
ここ一年、マンネリ化していた生活に少し動きを入れてみたかったのもある。

ヨガは私の性格にもあってるみたいだ。

私は結構だらしなく、人生奔放に生きていてあまり自己錬磨に関心がなさそうに見えるかもしれないが、こう見えて自分が成長する過程を毎日の生活に見えていないと不安になってしまう。毎日、刺激のある生活じゃないと退屈して鬱になってしまうの。。

いい刺激と悪い刺激。
程よい刺激と加減を超した刺激


その性格がいい方向に向けば、自分が熱中しているもの、例えば勉学だったり、体と頭と人生にプラスになる事だったらいいが、悪い方向に向くと、パーティ三昧になってしまったり、男に狂ってSEXをしまくったり、お金を稼ぐ事に執着して仕事中毒になってしまう。楽しい事、自分がウキウキする事がないと”ズーン”と退屈してしまうのである。

ほどほどにできない私。。。
うん。
もっとリラックスすればいいのにと自分でも思うが、このように生を受けてしまったからにはしょうがないっしょ。

きっとアドレナリンの放出の仕方が健康な人と微妙にずれてる、又は大幅にずれているのだろう。

話はヨガに戻り、

ヨガはいろいろなポーズがあるのだが、そのポーズが人によって難しかったり、簡単だったりする。足腰の筋肉が弱っていた私は生まれたての子鹿のようにプルプルしているのにも関わらず、隣のお姉ちゃんはしっかりポーズをとっていたりするのでその姿に惚れ惚れしている私。ヨガのポーズは踏ん張ったから出来る訳でもない。マインドの奥深くに関わっていて、深く呼吸をしながら、自分の精神の深い所までに到達してそして初めてそれらのポーズが出来るらしいと言う事も最近わかって来た。

今日、何食べようかな~とか思っていると即フラフラしてきてしまう。そして焦ってもダメ出し、力んでもダメである。

次の瞬間には集中力が切れたのがばればれのように体がぐたぐた~っと崩れて来てポーズが台無しである。

そんなこんなでほぼ毎日ヨガに通う事1週間。
出来なかったポーズが出来たりして、自分で変化が見える様になるのがとても嬉しい。

そうこの感じ。自分がいい方に向かっている、何かを毎日少しずつ得ている感じが私には必要だったのである。私の人生にはやりがいのある事が必要なんだと改めて実感している毎日である。パーティ以外にね。。 
久しぶりのブログアップ。
ご無沙汰です。

NYは最近、ハリケーンSANDYにやられまくって、特に交通の便が悪いったらありゃしない。
マンハッタン内は34丁目から下にサブウエイ(電車)が通っていなくてダウンタウンに行くのにはバスかタクシー。週末のDJのGIGがマンハッタンダウンタウンに位置するイーストビレッジなため、さっそく、SANDYの被害を体感する事になった昨夜土曜日。

BROOKLYN、特に私の住む地域は全くの被害無し。SANDYがやらかしている間も電気も止まらず、洪水にものまれず。ただ風がとても強くて、何回か外に出たも、看板やら木々やらが飛んで来たらどうしようという恐怖に打ち負かされてすぐに家の中に戻るとする。

家で、私の愛犬のチワワと二人っきりになるのは否めず、あまりの不安と寂しさで近所のお友達の家に転がり込む事に。だって、風がゴーゴーする中、そしてましてや停電したまっくらな家の中で30過ぎの女がチワワ抱えて震えているのもみっともない。それならば、ご近所さんと仲良くワーワーやってた方がいいもんね。。

さてそのご近所さんがとてもクリエイティブかつ、インテレクチュアルな生活を送っているのである。大学院で医学を学ぶJERRYとアート関係で働くMORRYのカップル、そしてカナダ出身の栄養学に詳しい働く30代女性のMILLIE、そして私の悪友、又は親友の音楽センス抜群のEDDIE。インダストリアルなロフトに住む彼等の家は上手い具合に仕切られていてとても居心地がいいのである。強風がBROOKLYNを駆け巡る中。SANDYがNYにステイする事、2日間。私もそのお家にホームステイ。充実した生活を送っている30代の人々の生活を私もしてみたいというテーマ。食べているものから、会話の内容などを”フムフム”と観察、そして朝には彼等に混ざって人生初の”ヨガ”を体験する。

アメリカに住んで7年になるけど、ホームステイってと皆さんは思うかもしれないが、人の生活を垣間みる、一緒に体験してみると言う事は案外、マンネリ生活又は鬱鬱とした生活を送っている人にとって人生勉強になるみたいである。特に大人になりきれず、日本の社会にも属していなくて、アメリカの社会にも属しきれてない私。最近悩んだり、落ち込んだりするんですね。。。このテーマで。

早31歳になる私。ハタチの時には自分が31歳になるとは思ってもみなかった。もちろん歳はとるのはわかるが、言い換えてみれば、ハタチの時には自分が ”こんな31歳” になるとは思っても見なかったと言い換えた方がいいだろうか。。

ハタチの時に思っていた私の31歳像は、素敵な旦那さんがいて、かわいい子供がいて、自分が20代で極めたものを仕事にしてバリバリ働いて、家事も旦那と分担して、素敵な家に住み、プライベートも充実しているだろうというもの。夜遊びをしても月に1-3度と言う所。まあ、20代よりは充分に落ち着いて、責任感アップのアダルトな生活を楽しむという30代の偶像。

実際の私の31歳像にかけているものは山ほどある。素敵な旦那も子供も家もなし。いるのはチワワ。そしてピーターパン症候群の同い年の彼。仕事はDJとして自分の好きな事をしながらお金を稼いでいるが、30過ぎると夜に働くのも結構キツい。

理性と欲望というのか、理想と現実というのか、自分と他人というのか。。
その二つの間で揺れ動く私。そしてたまに混乱する私。

長らく自由奔放に好きな事をやりながら生きて来た私はふと立ち止まって自分をよく見てみた時にに、”あれれれ”となってしまったのである。

果たして、30代を20代のように過ごしてもいいのかしらというように。そして40代になって20代のような荒れ果てた生活はしたくないという不安。このまま40までフラフラして何となく生活していくのは以外と大変な事ではない。特にNYCでは。

パーティシーンでも、最近ギャップを感じるのは否めない。21の子と31の私の感性が違いすぎて、若い子のパーティにいくと驚く事ばかりである。職業柄、どんな曲が流行ってるのかなと覗いてみると、彼等の中でのヒット曲が私の好きな範疇では無い。何でこの曲がヒットしてるんだろうとクビをかしげてみるばかりである。でも仕事としてその曲を’かけると、私の中の若い部分が芽を出して、ノッてくるという時もある。ジェネレーションギャップか。。

日本の周りの同い年の友達をみてみれば揃いに揃って家庭があり、子供がいる。20代の時はなんとも思わなかったが、最近になって子供が欲しいなとも思う。アメリカの30代ももちろん日本の30代と同様、定職があり家庭を作る事に関しては、20代の頃よりも関心が高まってくる。

いきなり明日から違う自分になりますとはならない。

今までソサエティに属す事が出来なかった私がまともに朝9時から5時の仕事に就く事が出来るとも思えない。

1週間以内に素敵な男性にあって半年後に結婚するなんてもっとありえない。

ただ、健康には少し気を使わないとなと思って、ご飯も作る様になり、さしては充実する30代のカップルに感化されてヨガまではじめちゃった最近の私である。

20代にはやらなかった事を30代でやりはじめる。
焦らず、気長にそしてちょっとだけ、慎重にいってみるかという今日最近の私である。


私は基本的に病み気質だと思う。

それは考えすぎる気質を持ち、完璧主義者で物事に執着するタイプであるという事。

こう書いてみると、ほんと自分って嫌なヤツだね~。となってしまうが、その気質を持って生まれたからにはそれと上手く付き合って生きて行かなきゃいけないのが人生というもの。

私は今まで周りから”本当にいい加減ね~”と何度思われて生きて来た事か。”お前は高田淳次の男版か~!”と私のテキトーなところを指摘された事もある。

言い訳する訳ではないけど、結構自分ではわざとテキトーにしてきた部分もあるわけで。。

そうしないと、カッツカッツになってしまう私がどこにか湧いてくる。そう、テキトーにしたらしたで、罪悪感に苛まされる自分もいる。結構テキトーで楽しそうにしている私でもバランスの取り方で苦しむ毎日を30年以上続けている。

バランスが取れているときは調子がいいけど、崩れるとトントン拍子で崩れる。

最近、バランスが狂っているのが自分でも分る。

なるべく強い影響力をもつ人、物事、場所には関わらない様にしている。

バランスが崩れているときの私はいろんなモノに流されてしまう傾向がある。そして本来の自分がしたい事を見失う。本来の自分の姿を周りの人と比べてしまって落ち込まなくてもいい所に落ちこんでしまったり、自己嫌悪に陥ってしまったり。。。

自己嫌悪ほど嫌なものは世の中には無いんでないか。ネガティブ思考の出発点がこの自己嫌悪。ネガティブ思考の繰り返しで不幸せな人生が築かれる。

そう、まさに私はそのイヤーな感じ極まりない、ドロドロのネガティブ思考ワールドに足を突っ込んでいるのである。

困ったな。。。。

マリファナでも吸うか。。。。

寝る前にたしなむ程度にマリファナ活動をしはじめた私であるが、精神安定剤無しで眠れる事ができ、次に日が爽快なのは悪い事ではない。

マリファナはドラッグだという認識もあるし、NYC州では違法というのも分る。

中毒性はあまりないという点と私が心理的、身体的に依存をしまくっているベンゾジアゼピン系のデパスを止める為に、私はまた少しずつマリファナ活動をし始めた。

最近このベンゾジアゼピン依存と離脱症状の怖さを知って恐れおののき、不安で死にそうになっていた私。病み気質私は不安発作時の頓服用にデパスを使用して早15年。頓服用ならまだしもマリファナを止めてここ一年位はデパスを乱用。ザナックスをアメリカ人の若者が乱用するのと一緒の理由で私も似た様な効力をもつデパスでハイになってそのハイなリラックス感に病み付きになり、次第に無気力となって、はたまた何もかもがどうでも良くなってしまったという。。。デパスを飲んで一日中眠る事が一番の幸せとなってしまったくらいである。それがストレスからきていたのか、デパスの乱用のせいだったのかは定かではないが、デパス乱用説を唱えることが出来る位に、私がデパスに依存していた事は否定できないし、止める事にこした事はないと思った。自分が今までに行ってきた不摂生の数々を身にもって実感し、生活を見直す事に至っているここ最近の2週間。

そのデパスを一気にやめるとまではいかなくともまた一時の頓服用に戻す事が出来つつある。

マリファナ活動開始である。
アメリカに来てもうそろそろ7年が経とうとしている。毎日、息をつく暇もなく、働きまくり、遊びまくったここ7年はあっとうい間に過ぎ去りし。日本を離れて、生きて行くだけで精一杯の生活がベースのNYCにいると、やりたい事もやらなきゃ行けない事も途方にくれる程にあり、毎日が48時間あっても足りない。充実しすぎて、現実感がなくなる事も少なくない。気づくと、”あっ1ヶ月が過ぎてる!!” という事が多く、その時の感情、事情で動く事が多くなり、私は本来の自分というもの、本当にやりたい事を見失ってしまったのである。

今現在まで私がしていた事といえば、毎日の夜遊び、Dj、パーティのプロモートなど。朝10時頃まで遊び歩いて寝ない、”午後”8時に起床など日常。仕事のような遊びのような事をしていると、なんだか大人じゃないな~と思いはじめた最近(ちょっと気づくのが遅いんだけどね。。)。趣味と仕事が ”金銭”、 ”いくら稼ぐのか” というラインで区切られている為に自分が稼いでいないととてつもなく不安になり、本当は楽しむべきであろう音楽、音楽活動の価値というものが曖昧になってきてバランスが取れていないと、自分の好きな事をしているという実感が湧かず、ストレスが溜る一方。そしてやる事が無数にある。そうなったら結構狂ってしまうのは時間の問題だった模様。DJで稼ぐって結構大変なのよ。

そんな毎日が続いて、約1ヶ月前に、仕事もプライベートもスローダウンしようと決めた私のここ最近の毎日は現実感を感じる事が出来る程に、充実しているような、ダラダラしているだけのような。。。。

もういい大人の私だけど、夏休み~って事で、自分に長期のお休みを与える事にした。

ローラーコースターのような毎日が続いたここ1年は自分の食すものにもあまり興味がなく、ほとんどが外食、デリバリーなど。ご飯を作る暇があったら、他のことをする時間にあてたいという変な間違った意気込みをライフスタイルに組み込んでしまった私。そんな食生活で私の体と心はボロボロ。この休みを使ってまず私がし始めた事は料理を作って、食べるという事である。

最近自分のアイディンテティがあやふやになるのも感じつつはあるが、食べ物の好みはやっぱり思いっきり日本人なのは否めない。

カリカリベーコンとスクランブルエッグとトースト

又は

ヨーグルトとグラノーラという朝食は食べなきゃイケナイから、お腹がすいたから仕方なく食すのであって、朝目覚めた時にしっくり来る事はあまりない。アメリカに7年もいると、その仕方ない食事に慣れてくるのである。これがアメリカナイズされるという事なのか。。。でも一ヶ月に1度は”日本食を与えてくれ~”と心と体からのシグナルがでる。本能ですな。まさしく。そうなると、自分の真なる欲求が満たされるまで、夢の終わりには日本食が登場して、食べる間際に目が覚めてしまうという症状がでる。ここ最近の夢は分りやすい。日本の宴会に及ばれされて行ってみると、刺身の盛り合わせがズデーン。というものから、みんなでしゃぶしゃぶを食べに車で向かっている、日本に帰ってコンビに行っていろいろな見た事のないデザートの新商品を買い漁るという私の荒れようである。悲しきアメリカ生活。

無性に日本の定番朝食が食べたくなった月曜日の午前6時半。温泉宿に泊まった際の、あの至れり尽くせりの朝食をいかに忘れる事ができようものか。。

さて困った事にここはNY,BROOKLYN。

温泉宿はもとより、納豆とみそ汁、焼き鮭がついてくるような朝食定食が食べれる様な定食屋も、吉牛もない。

自分で作るのもいいが、納豆も味噌も塩鮭もない。

あるのは卵。

ご飯を炊いて、ベーコンを焼いて卵焼きを作って誤摩化す事にした。

さて、卵焼きを作るのがここアメリカに来て初めてだという事に気づいた私。

7年も卵焼きを作っていないなんて。。

日本のお母様方に顔向けができません。

そりゃ結婚できないわな~。

悲しくも台所で自分に納得してしまった月曜日の午前6時半。

こんなにも本来の自分が最も愛するものからかけ離れてしまっているとは。。

本当の自分を取り戻す為の自分の為の”大人の夏休”みはこれからも続く。
今NYCでHOTな場所。。 W.I.P (Work In Progress) 34 Vandam で毎週月曜日にホスト、兼DJしてます。ダウンタウンパーティシーンのレジェンドプロモーターROXY COTTENTAiL のパーティがレベルアップして復活。NYCにお住まいのかた、お越しの方は是非遊びに来て下さい!!毎週のラインナップも豪華。Nicky Da B( MAD DECENT), DJ DIRTY SOUTH JOE ( MAD DECENT), A-track, Just Blaze, NINA SKY,MARK RONSON, TONY TOUCHと素晴らしいです。フライヤーアップしますのでCHECK iT OUT!!!

MYFUCKINGLIFE(SEX,LOVE,DRUGS,LIFE,etc) in N.Y. by 寿ハリーMYFUCKINGLIFE(SEX,LOVE,DRUGS,LIFE,etc) in N.Y. by 寿ハリーMYFUCKINGLIFE(SEX,LOVE,DRUGS,LIFE,etc) in N.Y. by 寿ハリー
NYCに来てからもうそろそろ6年。
アメリカに来てから早7年。

自分のルーツが曖昧になりつつある最近の私。

はたして自分は何者なのだろうかとふと思い、自分は何者になりたいのだろうかと立ち止まって考えてみたりして。

結局自分は何者でもないのだけど、何者かにならんければ生きづらい時もある。それは自分をしっかりもっていないと、どこに行っても生きてくのが難しいということ。

いろいろな人が住むこの世界で、特にNYC。人からの共感を得るときもあり、反感を得る時もあり、そこで自分を持っていないと路頭に迷う事になる。自分の行くべき道が分っていたはずなのに、いろいろな誘惑や周囲にいる人からの影響に惑わされて、気づいたら周りに誰もいなくて、一人道に迷い、そしてどこに行くべきだったかを忘れ、身動きを失ってしまうのだ。そしたら誰も助けてくれない。自分で何故迷ってしまって、どこに行くべきだったかを思い出してまた自分の行くべき道を探さないといけない。

今の私は行くべき道を進んでいる訳ではあるが、”あれ、こっちでよかったっけ??” と判断に迷う時もある。そして道を進んでいる最中に、誘惑に引っかかりそうになったり、人からの中傷に耳と心を傾けすぎて、行き詰まってしまう時もあり、身動きがとれずに、踞って得体の知れない恐怖に負けてしまいそうにもなる。

そんな時は一息ついて自分は何者であって、何者であるのかを考える。考えて考えまくり、誰の意見にも流されずに自分の思う様に生き抜くしかないのである。そして自分でまた自分の行くべき先を決めるのである。そしてまた進み続ける。つらくても、スローペースでも、前に進む。
こちらでもご覧になれます。>>>>http://kotobukiharry.tumblr.com/



30になってクラブに行ったり、DJしたりするのは結構キツくなったりするのが本音。

お仕事だと思えばしょうがない。

次の日、体がキツくてもしようがない。

歳を取るにつれて自分自身が変わるのを実感している今日この頃である。

14歳からクラブに入り浸り、そして20代前半にはオープンからクローズまで踊り狂い、20代半ばには踊りつつ男を漁りつつ、午前10時ごろまで出歩く様。そのままの勢いでアメリカに来て、またしても海外でのクラブ活動という事になる。その間の仕事も水商売しながらDJと早15年そんな生活が続いているわけだ。

音楽が好きが高じて今までこうしてきた訳だが、それにしてもこのままフラフラしていいのかなと思いはじめたのも事実。30だよ。30。

歳なんて関係ないというけれど、やっぱ関係しないとは言えないのも事実だと私は思う。

まず体力的にね。そして経済的にね。そして社会的にもね。女としてはやっぱり子供が生みたいなと思ったりもするのだ。こんな私でも。。60になっても男の様に妊娠、出産が可能なのであれば今私はこのような事を思ってはいないのだろうと思う。

30になっても童心のような心を持ち続ける私は、家事、子育てに負われる同年代の女性の方々よりは充実した毎日を送っていてそれなりに楽しんでいると思っているし、思われている様だが、人生いろいろ。そして全てを手に入れる事は出来ない様になっている世の中に腹を立てる。高齢出産が35から40とするならば、私はそろそろ身を固めなくてはとも思うが、この楽しい人生をそのためだけにギブアップするのもどうかとも思う。そして自分が落ち着いてもいいやという相手が現れないのも否めない。自分のやりたい事をしながら男と末永く上手くいかせるというのは結構至難の技である。ましてや、30にもなると自我もガッチガッチに固められてくるのでそんな女を好きになってくる相手ともなと的は狭まる事このうえない。。

あまり考えすぎるのもな~と一息して、流れにでも任せようと思うとそのうち気づいたら40になっちゃったと言う事態も起こりえるのではないかとたまに眠れなくなるときもある。

とにかく。。

なんとかなるか。。

とまたDJをしにいくのである。そしてNYにはウジャウジャいる同年代の同じ様な人々とダラダラ語って次の日には一日中寝てしまうという悪循環である。

考えなければいけない。

でも考えすぎてもいけない。

30クライシス