遡る、2日前。
突然、いや、いつものことと言えばそうなのですが、
すっとんきょうなことを言い出したのです。
―俺達、明日から1週間、旅行してくっから!―
―は?―
―あ、俺達がいないとさすがにお前も寂しいし大変だろ?―
―そのようなことは微塵も…―
―だから代わりと言っちゃあなんだが、俺の知り合いのバイトしてぇってやつに来るように言ってあるから。―
―全く必要な…―
―俺ってば気が利くだろ?じゃあ、よろしくな!―
…はぁ。
―(これでお嬢様と気兼ねなく過ごせるだろ。)―
その翌日、つまり昨日。
いかにも好青年です、というような男がやってきました。
「はじめまして、ソウと申します!
明日までという短い期間ですが、よろしくお願いします、お嬢様、セバスチャンさん!」
「うん、よろしくね!」
「は、はい…お嬢様…。」
…。
私、常々お嬢様に直して頂きたいと願ってる点がございます。
…その無邪気さを。
まあ、それゆえにソウさんの熱視線にも気付いておられないようですが。
「あ、そうそう、セバスチャン!」
「はい、何でございますか、お嬢様。」
「明日ってセバスチャンの誕生日だよね?
何かして欲しいことある?
明日、私がセバスチャンの願いを叶えます!」
えっへん、とでも言いたそうな顔ですね、お嬢様。
ちらりとソウさんに視線を向ける。
視線に気が付いたのか、背筋を伸ばしている。
「…そうですね。」
私の口角は自然に上がっていた。
そして、今日。
「ね、ねぇ、セバスチャン。
この格好って…」
黒くて細い胸元のリボン。
白いシャツ。
フリルの付いたスカートにかかっている白いエプロン。
そして、絶対領域を作り出してるニーソックス。
「本日、お嬢様にはメイドになって頂きます。」
「えぇーっ!?」
「しかし、それだけでは面白くありませんよね。
私がお嬢様の主人です。」
「セバスチャンが主人…?」
「はい、つまり。
私と遊んでいただけますか、お嬢様?
いや、私に遊ばれていただけますか?」
「ちょっ、何で言い直したの!!」
「私にとって、お嬢様で遊んでいる時ほど至福の時はございませんので。」
そこで後ろに控えていたソウさんが遠慮がちに尋ねてくる。
「あの、セバスチャンさん。僕は何をすれば…」
「そうですね、今日1日お嬢様のフォローをしていただけますか?」
「はい、わかりました!」
「むう…。わかりました、女に二言はありません。
だって、あくまで、お嬢…じゃなかった、メイドですから!!」
こうして、私達の遊戯は始まったのです。
1、アーリーモーニングティー。
「お待たせしましたご主人様。本日のアーリーモーニングティーでございます。」
「…私に火傷しろと仰るのですか?」
「すみません!僕が代わりのお茶を用意したので、こちらをっ!」
2、庭園を散歩。
「いいお天気ですねぇ。あれ?どうやって屋敷に帰るんだっけ?」
「…」
「あちらから来ましたよ!戻りましょう!」
3、掃除、洗濯、片付け。
「うわぁ!!」(ガッシャーン!!)
「落ち着いたティータイムはいつできるんでしょうかね?」
「僕が後片付けしますのでっ!!」
4、お風呂の準備。
「…セバスチャン。」
「案の定、湯に落ちましたか。」
「今すぐタオル取ってきます!」
5、ベッドメイキング。
「…すぅ。」
「何をしてるかと思えば…。」
「かなりお疲れになったみたいですね。」
「あなたも十分お疲れのようですよ?
仕事は今日まで。もう結構ですので、お帰りになられては?賃金はまた後日…」
「あの!セバスチャンさん!!」
シン、と部屋は静まりかえる。
唯一聞こえてくるのはお嬢様の寝息だけ。
「…何ですか?」
「どうしてお嬢様を泣かせるのですか!?さっき、隠れてですが泣いておられました。」
「なぜあなたがそのようかことを?
あくまで、お遊びじゃないですか。
何かこれに口出ししたい理由でも?」
「あの、その…」
モジモジとしている姿を観ると段々腹が立ってくる。
「愛の戯言でも言うつもりですか?」
「なっ…!」
「言っておきますが、お嬢様の相手をするのは大変骨の折れることですよ。
今日1日で十分わかったと思いますが。」
「確かに大変でしたけど!お嬢様と一緒にいれば楽しいし、幸せでした!
それに僕ならお嬢様を泣かせたりしない!!」
「…まだわかりませんか」
「あなたにはお嬢様の相手はつとまりません、そう申し上げているのです。」
「…セバスチャンさん、あなたは…」
「ここから立ち去りなさい。そして二度とお嬢様に近付かないでください。」
少しの間考え、拳を握ってドアの方を向くと、ソウさんは走っていった。
遠くの方で扉の閉まる音が響いた。
静かになった部屋に合わせて、ゆっくりとベッドに近付く。
「牽制するためとはいえ、少々辛かったですか」
そっと頬の涙の跡に触れる。
立ち上がり、自嘲気味に月を見上げる。
「『僕ならお嬢様を泣かせたりしない!』、ですか」
あの時、一瞬言葉に詰まってしまった。
結局、反論する言葉は見つからなくて、大人気なく“目”を使ってしまった。
あの男の言葉が胸に刺さった。
あの男ならお嬢様を泣かせなくて。
私はこの性格だし、そもそも悪魔だ。
お嬢様を泣かせない方が難しいんじゃないか。
「セバスチャン…」
呟く声が聞こえ振り返ると、
そこにはスヤスヤと眠るお嬢様。
「もう食べられないよぉ。」
思わず吹き出してしまった。
「どんな夢を見てらっしゃるんですか…」
なんだか、
ここまで暢気な顔をされてしまうと、
悩んでいる自分が馬鹿らしくなってきますね。
「はぁ…」
きっとお嬢様は、
あの男の想いも。
私の、あの男をお嬢様から遠ざける思惑ゆえの遊戯ということも知らなかったのだろう。
本当に簡単に手の上で転がされてくれるんだから。
「私なら、お嬢様が泣いていたらこう申し上げますよ。」
「私がもっとあなたを泣かせて差し上げます。」
その代わり、倍以上笑わせて差し上げます。
たとえそれが難しいことでも。
私があなたに永久にそばにいたいと願った時から。
あなたの泣き顔も笑顔も
愛しい。
他の男には見せないで欲しい。
とわがままに願ってしまうのだから。
しょうがないじゃないですか。
月を見上げた。
いつもは冷たい月の光が温かく包んでくれるような気がした。
突然、いや、いつものことと言えばそうなのですが、
すっとんきょうなことを言い出したのです。
―俺達、明日から1週間、旅行してくっから!―
―は?―
―あ、俺達がいないとさすがにお前も寂しいし大変だろ?―
―そのようなことは微塵も…―
―だから代わりと言っちゃあなんだが、俺の知り合いのバイトしてぇってやつに来るように言ってあるから。―
―全く必要な…―
―俺ってば気が利くだろ?じゃあ、よろしくな!―
…はぁ。
―(これでお嬢様と気兼ねなく過ごせるだろ。)―
その翌日、つまり昨日。
いかにも好青年です、というような男がやってきました。
「はじめまして、ソウと申します!
明日までという短い期間ですが、よろしくお願いします、お嬢様、セバスチャンさん!」
「うん、よろしくね!」
「は、はい…お嬢様…。」
…。
私、常々お嬢様に直して頂きたいと願ってる点がございます。
…その無邪気さを。
まあ、それゆえにソウさんの熱視線にも気付いておられないようですが。
「あ、そうそう、セバスチャン!」
「はい、何でございますか、お嬢様。」
「明日ってセバスチャンの誕生日だよね?
何かして欲しいことある?
明日、私がセバスチャンの願いを叶えます!」
えっへん、とでも言いたそうな顔ですね、お嬢様。
ちらりとソウさんに視線を向ける。
視線に気が付いたのか、背筋を伸ばしている。
「…そうですね。」
私の口角は自然に上がっていた。
そして、今日。
「ね、ねぇ、セバスチャン。
この格好って…」
黒くて細い胸元のリボン。
白いシャツ。
フリルの付いたスカートにかかっている白いエプロン。
そして、絶対領域を作り出してるニーソックス。
「本日、お嬢様にはメイドになって頂きます。」
「えぇーっ!?」
「しかし、それだけでは面白くありませんよね。
私がお嬢様の主人です。」
「セバスチャンが主人…?」
「はい、つまり。
私と遊んでいただけますか、お嬢様?
いや、私に遊ばれていただけますか?」
「ちょっ、何で言い直したの!!」
「私にとって、お嬢様で遊んでいる時ほど至福の時はございませんので。」
そこで後ろに控えていたソウさんが遠慮がちに尋ねてくる。
「あの、セバスチャンさん。僕は何をすれば…」
「そうですね、今日1日お嬢様のフォローをしていただけますか?」
「はい、わかりました!」
「むう…。わかりました、女に二言はありません。
だって、あくまで、お嬢…じゃなかった、メイドですから!!」
こうして、私達の遊戯は始まったのです。
1、アーリーモーニングティー。
「お待たせしましたご主人様。本日のアーリーモーニングティーでございます。」
「…私に火傷しろと仰るのですか?」
「すみません!僕が代わりのお茶を用意したので、こちらをっ!」
2、庭園を散歩。
「いいお天気ですねぇ。あれ?どうやって屋敷に帰るんだっけ?」
「…」
「あちらから来ましたよ!戻りましょう!」
3、掃除、洗濯、片付け。
「うわぁ!!」(ガッシャーン!!)
「落ち着いたティータイムはいつできるんでしょうかね?」
「僕が後片付けしますのでっ!!」
4、お風呂の準備。
「…セバスチャン。」
「案の定、湯に落ちましたか。」
「今すぐタオル取ってきます!」
5、ベッドメイキング。
「…すぅ。」
「何をしてるかと思えば…。」
「かなりお疲れになったみたいですね。」
「あなたも十分お疲れのようですよ?
仕事は今日まで。もう結構ですので、お帰りになられては?賃金はまた後日…」
「あの!セバスチャンさん!!」
シン、と部屋は静まりかえる。
唯一聞こえてくるのはお嬢様の寝息だけ。
「…何ですか?」
「どうしてお嬢様を泣かせるのですか!?さっき、隠れてですが泣いておられました。」
「なぜあなたがそのようかことを?
あくまで、お遊びじゃないですか。
何かこれに口出ししたい理由でも?」
「あの、その…」
モジモジとしている姿を観ると段々腹が立ってくる。
「愛の戯言でも言うつもりですか?」
「なっ…!」
「言っておきますが、お嬢様の相手をするのは大変骨の折れることですよ。
今日1日で十分わかったと思いますが。」
「確かに大変でしたけど!お嬢様と一緒にいれば楽しいし、幸せでした!
それに僕ならお嬢様を泣かせたりしない!!」
「…まだわかりませんか」
「あなたにはお嬢様の相手はつとまりません、そう申し上げているのです。」
「…セバスチャンさん、あなたは…」
「ここから立ち去りなさい。そして二度とお嬢様に近付かないでください。」
少しの間考え、拳を握ってドアの方を向くと、ソウさんは走っていった。
遠くの方で扉の閉まる音が響いた。
静かになった部屋に合わせて、ゆっくりとベッドに近付く。
「牽制するためとはいえ、少々辛かったですか」
そっと頬の涙の跡に触れる。
立ち上がり、自嘲気味に月を見上げる。
「『僕ならお嬢様を泣かせたりしない!』、ですか」
あの時、一瞬言葉に詰まってしまった。
結局、反論する言葉は見つからなくて、大人気なく“目”を使ってしまった。
あの男の言葉が胸に刺さった。
あの男ならお嬢様を泣かせなくて。
私はこの性格だし、そもそも悪魔だ。
お嬢様を泣かせない方が難しいんじゃないか。
「セバスチャン…」
呟く声が聞こえ振り返ると、
そこにはスヤスヤと眠るお嬢様。
「もう食べられないよぉ。」
思わず吹き出してしまった。
「どんな夢を見てらっしゃるんですか…」
なんだか、
ここまで暢気な顔をされてしまうと、
悩んでいる自分が馬鹿らしくなってきますね。
「はぁ…」
きっとお嬢様は、
あの男の想いも。
私の、あの男をお嬢様から遠ざける思惑ゆえの遊戯ということも知らなかったのだろう。
本当に簡単に手の上で転がされてくれるんだから。
「私なら、お嬢様が泣いていたらこう申し上げますよ。」
「私がもっとあなたを泣かせて差し上げます。」
その代わり、倍以上笑わせて差し上げます。
たとえそれが難しいことでも。
私があなたに永久にそばにいたいと願った時から。
あなたの泣き顔も笑顔も
愛しい。
他の男には見せないで欲しい。
とわがままに願ってしまうのだから。
しょうがないじゃないですか。
月を見上げた。
いつもは冷たい月の光が温かく包んでくれるような気がした。