「もう!セバスチャンのバカー!!」






そう叫んだのは昨晩のこと。そして、今はその時のことを思い出して腹が立ったので、友達の舞ちゃんに話を聴いてもらっていたところ。

「あいかわらず、セバスチャンさんの方が上手なんだ?」

「やっぱり…そうなのかなぁ?いつも、セバスチャンの方が頭よくて、私は何もできなくて…。」

「セバスチャンには自分以上に相応しい主人がいるんじゃないか、と。」

「うん…。」

そして、主人としてじゃなく、恋人としても。…まぁ、今恋人かと聞かれると違う、けど…。

そう思ったけど、この言葉は飲み込んだ。一般的には、執事に恋なんて、って言われちゃうもんね。舞ちゃんに言うのも、なんだか怖かった。






「う~ん…。じゃあ、あんたとしてはセバスチャンの気持ちが知りたいわけだね?」

「うん。でも、セバスチャンのことだから本当の気持ちはなかなか教えてくれないかも。」

「そっか。じゃあ…」






「新しい執事、連れて帰っちゃえば?」

「え?」

舞ちゃんの言うことにはいつも驚かされる。

「新しい…執事?どういうこと?」

「いやね、どういう結果になるにしろ、2人には刺激が必要だと思うのよ。だから、新しい執事☆」

「で、でも!突然執事なんていっても。うちはセバスチャンが特別に執事になってくれてるだけで、もともと執事を雇えるような環境じゃ」

「それなら大丈夫!知り合いにね、おぼっちゃまがいて。彼、執事として働いてみたいって言ってたから紹介してあげるよ!ね?決まり!!」

「え…う、うん。」






半ば強引な舞ちゃんの提案を断れるわけもなく。その日のうちに彼に会うことになった。






それにしても。おぼっちゃまという立場なのに執事なんて…ちょっと変わってる人なのかな?でも、いいことだよね。一応、正式な契約じゃなくて1日限定ってことで今日来てもらうことになったんだけど。






そろそろ待ち合わせの時間かな。

「お待たせしました、お姫様。」

「え?」






突然頭の上に降ってきた澄んだ声に驚く。急いで振り返ると、そこには綺麗な金髪、碧い瞳のモデルのような顔立ちがあり、思わず見惚れてしまう。

「あ…えっと」

「申し遅れました、本日お姫様の執事をさせていただく者です。みんなにルネと呼ばれてます。」

「ルネさん…」

「あぁ、僕は日本とフランスのハーフでして。それと、僕は今日からお姫様の執事ですから、ルネとお呼びください。」

「でもっ、それじゃ悪いわ。ご子息なわけだし。じゃあ、ルネくんって呼ぶわ。それと、お姫様って照れ臭いの」

「そうですか。ならば、姫と呼ばせていただきます。」

あんまり、変わらないような…。






そんな挨拶を交わしながら家に向かう。その間も、道行く女の子が振り返ってまでルネくんを見ているのがわかる。やっぱり、かっこいいんだな。






「おかえりなさいませ、お嬢様。…こちらの方は?」

あまりに急ということと、ルネくんに来てもらった理由も考えると今の今までセバスチャンには伝えられずにいた。

「はじめまして、1日限りですが姫の執事をさせてもらうことになりました、ルネです。この人が…セバスチャンさん?」

「姫…ですか?」

「あ、そうなの、ルネくん!セバスチャン、そういうことだから、よろしくね!行こう、ルネくん!」

「え?…えぇ。」

「…」






避けてしまった。セバスチャンを。後が怖くないってことはないけど、やっぱり気まずい。昨日のけんかのことを考えると。






「姫、紅茶をお持ちしましたよ。セバスチャンさんは1日暇を貰って、隣の執事室で待機しているそうです。」

「そう…ありがとう。おいしそうな紅茶、いただくね。」

「…」

「…?どうしたの?」







「姫はセバスチャンさんのことをお慕いしてるのですね。」

「ぶっ!!」

「あぁ、大変!!私がお口を拭いて差し上げますよ」

「い、いいっ!!自分で拭けるから大丈夫!」

「そうですか?レディは男性に甘えていいんですよ?」

「…」

「何か、僕はおかしなことを言いましたか?」

「いや…セバスチャンなら、『あまりに無様な格好ですよ、お嬢様。まぁ、それもお似合いなのがお嬢様のいいところですよね。』って言うと思うから。」

「…そう、ですか…ははっ。」






「そうなんだよね、それがセバスチャンなんだよね…」

「それが原因ですか?」

「え?」

「姫とセバスチャンさん、けんかしたのでしょう?」

「!どうしてそれを!?セバスチャンが何か言ってた?」

「お二人の様子を観てればわかります。私に話してくれませんか?レディが悲しむのは僕耐えられないんです。」






一瞬、ルネくんが扉の方に目をやった気がした。






私は昨日のけんかをルネくんに話した。それは、けんかとも言えないほど、私が幼くて愚かだったからこそ起きた言い争い。

「そうなんですね、セバスチャンさんはメイリンさんには優しいけど、姫には決して優しくない、と。」

「うん…。セバスチャンとは長い付き合いだから、セバスチャンがそういう人だっていうのは、わかってるの。でも、やっぱり…」






好きだから。






好きだからこそ不安になる。






「でも、それをセバスチャンに言ったとして、セバスチャンが直してくれても、それは“執事として”だと思うんだ。それ以上として直してもらえるような関係じゃないの…」






不安なの。もし、あの時あの場所でセバスチャンに出逢えなければ、セバスチャンは私のそばにいてくれなかったんじゃないか、って。それくらい、私達の関係は、脆い。






「姫。泣かないでください。あなたが涙すると私も悲しい。」

「え?…いやだ、気付かなかった。」

知らぬ間に、涙が溢れてた。自分の気付かないうちに、ここまで苦しんでいたのだと気付かされる。






「姫、恋は楽しむものですよ。私なら、あなたにそんな顔をさせないのに。」

「え…?」

ルネくんの指がスローモーションのように近づいてくる。

「僕が姫の恋の相手だったらいいのに…」






バーン!!






壊れてしまいそうな音と共に部屋の扉が開け放たれた。逆光のせいで、表情はわからない。

「そこまで、ですよ。」

カツン、カツンと靴音を響かせ、足早に近づいてくる。

「おや、セバスチャンさん、盗み聞きとは趣味が悪いじゃないですか。」

「そこにいろと言ったのは貴方でしょう?」

目の前の状況に付いていけず、いつの間にか涙は止まっていた。






「…お嬢様を渡していただけますか?」

「姫を泣かせるような人に渡すわけにはいきません。」

「…はぁ。最初から貴方のような方は、気に入らないんですよ。」






一瞬、セバスチャンの手が挙がったかと思うと、次の瞬間にはルネくんは倒れ、私はセバスチャンに抱き締められていた。

「ちょ…セバスチャン!離して!!」

「お断わりします。坊ちゃんに見せ付けてあげなくちゃいけませんから。」

セバスチャンの手にさらに力が籠もる。






「私たちは、恋だなんていう甘ったれた関係じゃないんですよ。」

「…っ!」

「お引き取り願えますか?はっきり言って、もう用なしだと舞さまにお伝えください。」

「!!」






「さあ、やっと二人きりになれましたね、お嬢様。」

「う、うん…」

どうしよう、すごく緊張する。さっきの言葉の意味、どういう意味なんだろう…?






「まったく、舞さまは。前々から、『二人、くっつけばいいのに♪』などと仰っていたので何かあると思っていましたが。」

「そう、だったんだ…知らなかった…。だから、舞ちゃんが納得するようにルネくんの前で抱き締めてみせたんだ。ただ、それだけだよね」






そう。それだ…

「変な虫が付かないためですよ。」

「へ?」






「…。はぁ、ごほん。お嬢様は鈍感ですからねぇ、他人の気持ちに。」






「そして。」






「私の気持ちにも。」






そう言いながら、セバスチャンは部屋の扉を閉めた。一人残された部屋。






でも孤独じゃない。






ねぇ、セバスチャン。私のこと、鈍感だって言うけど。






さっきの貴方の手の感触、まだ残ってるんだよ?






期待しても…いいかな?