「お嬢様のことが好きです」
そう、素直に伝えられたらどんなにいいだろうか。
―いや、そんなことを考えても無駄だ。どうしたって、私は執事であり、それ以上でも、それ以下でもないんだから。
もし、気持ちを伝えて壊れる関係ならば、伝えない方がマシだ。
第一、自分のお嬢様を大切に想う気持ちが人間の言うところの“恋”であるなんて、自分でも認められていないんだから、伝えるも何もない。

―そう、思っていたのに―





「お嬢様のご友人―ですか?」

うん、そうよ。今日急に来ることになったから、おもてなしをお願いしてもいいかしら?

お嬢様がご友人を連れてくるなど、珍しい。話を度々伺っていたものの、今まで家に招いたことなどなかった。その理由を尋ねると、「だってセバスチャンを好きになったら困るもん。」だそうだ。私が好きになる可能性は?と問うと、「セバスチャンは人間を好きにならないでしょ?」と答えるお嬢様を思い出した。






では、なぜ急にご友人を招くことにしたのだろうか?
そんな疑問は、お嬢様のご友人の到着と共に解決された。そして、私の動揺も一緒に訪れたわけだが。






「はじめまして!彼女と仲良くさせてもらってるんですよ!あ、彼が執事のセバスチャンさん?彼女からお話は伺ってますよ。僕、セバスチャンさんみたいな人に憧れてるんですよ!」

「身に余るお言葉、ありがとうございます。どうぞこちらへ。アフタヌーンティーをお持ちしますので、しばしお待ちください。」

―そうか、男か…。だから、私に惚れる心配はない、と。






でも






相手が私とは限らないでしょう?






ふと部屋に入っていく二人をみると、なぜだか胸が痛んだ。

なぜ、その笑顔をその男に向けるんです、お嬢様?

心の中で、お嬢様の背中に問い掛けても、私の納得できる答えなど返ってくるはずもなく。そもそも、この問に私の納得できる答えなどあるのか?






―いけない。私は、あくまでお嬢様の執事だ。仕事をこなさなくては。余計なものに想いを巡らせている時間はないのだ。閉じられた扉を背に私は歩きだす。






「本日の茶葉は、ダージリンでございます。スコーンにお好きなクロテッドクリームをお付けの上、お召し上がりください。」

私の説明の間も、何か仲間内だけの話題で盛り上がってるお二人。当然だ、私とお嬢様しか知り得ない話があるように、お二人にも私の知り得ない話もある。当然、なのに…。






私達しか知り得ない話といえば、契約の話だ。無邪気なお嬢様が、その当時、契約の意味についてわかっていたかは謎だが、ただ素直な
“そばにいて欲しい”
の言葉に、契約をしてしまった私も私だが。






―そばにいて欲しい、か…。






その意味を時折、考えてしまう。私があくまで執事なのと同じように、お嬢様も(素行がどうであれ)お嬢様なことにはかわりがない。いつか、どこかのご子息のもとへと嫁がれてしまうのだ。そう、ここにいる彼のようなご子息に。






その時私は、どうする?






いや。






どうしたい?






まったく、厄介な契約を結んでしまった。






―お嬢様はどうして欲しいのですか?






「やっぱりね、両親はあなたのことをかなり気に入っているようでね。是非に婚約の話をしたいと言っているんだよ。僕はあなたの気持ちを大事にしたいから、力にモノを言わせてするような真似はしたくない、って説得してるんだけどね。」

へ、へぇ…そうなの…。

帰り際、彼はふとそんな事を話しだす。突然の話題に、お嬢様も驚いているようだった。

「それでね、婚約の話はそこで一応終わったんだけど、両親がどうしてもあなたに逢いたいって。」

えっ…?

「あなたのお宅に伺うって話したら、ならそのままうちにお招きしなさいって。そして、そのまま泊まればいいって。」

…それって。

この男は両親に託けて、お嬢様を…!

「そ、それはなりません!お嬢様にはお仕事がいっぱいでして…」

「そんなの、どこでも出来ることじゃないですか。うちですればいい。それに、彼女はもう子供じゃない。彼女の意思で決めるべきであって、執事のあなたが決めることではない。」

彼がお嬢様の腕を強引にとる。そして、顔をお嬢様の耳元に近付け、そっと呟く。

「お金があるから僕と結婚しろとは言わないけど…、あなたを幸せにできるのがどちらかは…わかるよね?」

は、離してください!!






強引にお嬢様が引っ張っられていく姿を見ていることしかできない。






私があくまで執事だからだ。今まで自分が吐いてきた言葉に呪縛される。






お嬢様が幸せなら。そんな弱気な考えを浮かばせていると、お嬢様が必死でこちらに向く。






「セバスチャン!私のそばにいてくれるんでしょ!?」






その瞬間、本能とでも言うべきだろうか、自分でも驚く程のスピードで走りだしていた。呪縛が、ほどけていく。






彼の手に噛み付こうとしているお嬢様の口を塞ぐ。

へ、へはふひゃん!?

…間抜けなお嬢様の反応は置いといて。






「何をしているんだ!彼女は、僕と一緒に行くんだ!彼女を離せ!」

「残念ながら。」






「お断わりします。」

お嬢様は、私にそばにいて欲しいとおっしゃいましたね?






「なっ、何を言ってるんだ!セバスチャンさんだってわかってるんでしょう!?どちらが彼女を幸せにできるかぐらい!」

「そうですね。」

あなたがどのような意味で言ったのかはわかりません。執事として、どこまで一緒にいるべきかわかりません。






「ならば!!」

「しかし。」






「お嬢様を幸せにしたいと願う気持ちは誰にも負けることはありません。」






「もちろん、執事以上として、ね。」






「さぁ、おかえりなさい、お一人でね、坊っちゃん。…私の目が赤くなるまえに、ね?」

「ひっ!!」






ねぇ、よかったの?あんなに怯えさせちゃって。

―いいじゃないですか。






ちょっとやきもち妬いたぐらい。