痩せたい。
永遠の課題です。
精神不安定になると、食べて安心しようとする癖が心の奥底で癖づいてることに最近気づきました。
仕事忙しい毎日で、
最近は出勤すると胃がキリキリ痛むようになってきてしまいました。
上司がいると、機嫌を損ねないように様子をうかがいながら仕事をしているので、それも胃がキリキリする要因です。
出勤しているときは、気持ち悪さだったり胃が痛かったりで食欲は減退しているのですが、
家に帰るとその不安の決壊が壊れ、たくさん食べたくなっちゃうんですよね。
朝も調子乗ってたくさん食べちゃうと、出勤してだんだん気持ち悪くなって、「食べ過ぎたー」と後悔することが多いです。
身軽になってみたいものです。
時々走ったりしてみると、余計な贅肉が揺れますよね。
「この贅肉がなかったらどんなに身軽なんだろうか」と何回想ったことか。。。。
20歳を過ぎたくらいから脂肪がどんどんつきやすくなっている気がします。
万年太っているので、
痩せて綺麗になりたい――――!!!!!!
可愛くなりたい――――――!!!!!
過去のダイエット
中学生まで運動部でバリバリ動いていたので、脂肪知らずでした。
お腹の腹筋は当たり前で、鏡を見て、
「三段腹とか本当になるん?」と思っていたのをとても覚えています(笑)
高校生になると帰宅部でバイトを始めました。
高校生になったら通学時間も増え、コンビニでお昼を買ったり、放課後みんなでコンビニにお菓子買いに行ったりしますよね。
そこで私は「芋けんぴ」にドはまりしてしまいました。
さらにバイトをして、自分のお金が手に入り、好きなものを買って食べてを繰り返し、
結果、半年で5キロ~10キロほど太ったと思います。
高校1年12月ごろ、中学の同級生で集まる機会がありました。
私はロングスカートのショートブーツの服を着ていたと思います。
前に女子達で歩いていて、後ろに男子達。
その時陽キャの男子がボソッと言いました。
「あいつ足首太くね?(笑)」
カッチーンですよね(笑)
すぐに私のことだと悟りました。
周りの女子は細い子ばかり。
私自身もこの中で私が一番体重重いだろうと心の中で思っていたからです。
そこで、怒りと共に「見返してやんよ」と下剋上心がメラメラ芽生えました。
翌年1月からダイエット開始。
オイコスのヨーグルトとサラダチキンをよく主食にしていたと思います。
バイト先はスーパーだったので、オイコスヨーグルトの安い日に大量に買い込んでいました。
飲み物は基本水。水500ml2本を毎日学校に持っていくようにして飲むのを意識していました。
実家のごはんは、おかずとみそ汁は食べるようにして、
ホームベーカリーがあったので、全粒粉パンを自分で作り、よく食べていました。
あと、ローソンのふすまパン(ノーマルのやつ)をお昼にしていたりしてましたねー。懐かしい。
4つ入りのを買って学校で食べたり、お昼にしたり。よくあんな少ない量で足りてたなーって今では思います。
不思議とゾーンに入ると全然辛くないですよね。
何なんですかねあれは。
いつもゾーンに入っててほしいんですけどね(笑)
そんなこんなで、3月には8キロほど、4月5月には10キロくらい痩せてたと思います。
昨年の12月には、制服のスカートのホックが閉まらないくらい太っていたのが、
手を入れる隙間があるくらい痩せました。
でも絶対によくない痩せ方です!!!!!!
理由はリバウンドしたからです!!!!!!(笑)
それはふと訪れました。
友人の些細な一言がとても気に障って、なにか私の中の風船がはちきれました。
ストレスが突然膨大に押し寄せてきて、自暴自棄になり、ここから過食が始まりました。
とりあえず、たくさん食べる。
ここでマイナスに働いてしまったのが、バイト先です。
仕事で、パンの品出し・値引を担当していました。
毎回見る美味しそうなパン。
値引で安いパン。
そりゃ帰りに買ってしまいますよね。
驚くのはその量です。
平気で10個くらい買い込んでいました。
それを翌日の朝に全部食べる。
普通に考えてやばいですよね。
当時の私はそのやばさを一切感じていませんでした。もう心の行く先がそれしかなかったのです。
ですが、実家住み。
親にバレると引かれる、ことは恐れていたので、買い込んだものはスクールバックに隠していたりしました。(多分バレてた)
食べた後のゴミも、通学の途中の駅のゴミ箱に捨てたり。
そんなこんなで、あっという間に体重は元通り、それ以上になっていました。
もう最悪でしたね。精神も見た目も。
高校3年
それから月日がたち、大学受験の高校三年。
私は当初推薦の予定でしたが、なんと落ちました(笑)
頭の悪い高校だったので、一般受験なんてごく数人しか受けないような実績でした。
推薦が落ちたのが9月くらい。
そこからどうにもできないので、急旋回で一般受験の準備をする。
でも周りの子たちはみんな推薦で決まっている状況。
クラスの中で私だけ一般受験を受けるような環境です。ありえないですよね(笑)
頭が悪いので、結局3月半ばまで受験はかかりました。(ギリセーフ(笑))
放課後残って勉強は当たり前。家に帰っても勉強。
そこで落とし穴なのは、勉強のお供と言われるお菓子たちですよね。
「頭にブドウ糖を。甘いものを。」
私の父は食べ物をすごい恵んでくれるんです。
出かけると、必ず食道楽の旅になるんです。
ありがたいんですけど、日々ダイエットと戦っている私には非常に辛いんです。(笑)
結果、激太り。確実に受験期間の親からの餌付けにやられました。
大学入って健康診断で驚くほど太っていました。
大学生 バイトで痩せなきゃいけない雰囲気
大学生の時は色々なバイトをしました。
その中でもダイエットと関係していたと思うのは、カフェのバイトです。
個人経営のカフェでした。
なんで痩せなきゃいけないの?とおもいますよね。
制服です。
制服が上が白いブラウス、下がひざ丈のスカート、黒タイツ。
サイズが、9号・11号しかないんです。
バイトに入った当時、11号のスカートがパツパツ、ホックもギリギリでした(笑)
周りの女の子たちは、痩せている子ばかりで余裕のある感じで着こなしている。
やばい。
これは痩せなきゃいけないと思わざるを得んですよね。
結果的には大幅に痩せてはいませんが、11号が違和感なく普通に着こなせるくらいにはなりました。
バイト先は改装のためへ移転が決まり、私は閉店より2か月ほど早く辞めました。
建前上の辞める理由は、扶養の103万を超えそうだからと言いましたが、
本当の理由は、体型を気にして縛られるのが、息苦しく感じて嫌になったからです(笑)
見てくれを気にするのがめんどくさくなってきちゃったんですね。(笑)
社会人1年目
さぁ一人暮らし開始。
仕事も開始。
一人暮らしをしたら自分の好きな食事ができて簡単に痩せれると、思い込んでいました。
だがそんな簡単にはいきませんよね、人生。
蜂窩織炎 罹患
2023年5月頃
「蜂窩織炎」という病気にかかりました。
足がパンパンに腫れる病気。
まじで皮膚の最大限ぐらいまで腫れあがります。
エイリアンみたいな足です。
気になる方はググってみてください。グロイかも。
歩くのにも必死。
最速のスピードが、腰の曲がったおばあちゃんくらいのスピードです。
地方に就職をしていて、ちょうど実家に帰るタイミングでした。
帰省の数日前から足首周辺が赤く腫れていましたが、何かに刺されたかなーくらいに思っていました。
ですが日に日に赤くなる足、歩くのに違和感・痛さが少しある。
帰省で新幹線に乗りましたが、新幹線2時間ほどですかね。どんどん腫れあがっていき、駅に到着したころには、スニーカーに足が入らないくらい、靴紐をどんどん緩めに緩めていきました。しかも痛い。
父が新幹線の駅に迎えに来てくれていたのが、幸いでした。(乗換があったら死んでた)
帰省は大型連休明けだったので、病院も混んでいるだろうし、なるべく病院に行きたくないなーと思っていました。
ですが、さすがに歩くのにも支障があるので、病院に行こうと新幹線の中で決断し、
父に「明日病院行っていい?」と言いました。
父に言うと、変に心配かけちゃうかなと思っていたので、なるべく言いたくなかったのですが、さすがに言わずにはいられない状況でした。
駅に迎えに来た父も、元気な娘が歩いてくると思いきや、
おばあちゃん歩きの私を見て笑っていました(笑)
時が経ち‥‥
蜂窩織炎完治には1か月ほどかかりました。
1か月間仕事も休み、実家に滞在。
足がパンパンに腫れる=動けない。
そうなんです。運動できないんです。買い物もいけない。
この1か月間で、今まで蓄積されてきた筋肉は脂肪に変わりました。
脂肪+筋肉から脂肪=大デブの完成です。
完治後に仕事をしてみると、自分が脂肪の塊だと実感できました(笑)
仕方ないんですけど、まじで病気にはなりたくないと本当に思います。
再発の可能性もあるので、気を付けたい。
今でも足が少し痛むときがありますが、痛む度に蜂窩織炎が頭をよぎります。怖いです。
日々、免疫力を下げないように意識するようにしています。
社会人1年目第二の山 ストレスで太る
11月頃、私は住み込みの派遣の仕事をしていました。
派遣は2つしました。
1つ目の所は、アパート全部が社員寮で、ワンルーム風呂トイレ冷蔵庫付き。洗濯機は別部屋。
最初はどうかなと思いましたが、すごく綺麗で住みやすくて、良い思い出を作れました。
その良い経験があり、2つ目はある程度許容できるでしょ~と余裕をぶっこいていました。
2つ目は、1件家をシェアハウスのような形で、同性で8人くらいと住む感じ。
これがやばかったんです。
一人暮らしを少し経験してしまった私は、一人暮らしの良さを知っちゃったので、シェアハウスのようなわちゃわちゃ加減はとてもきつかったです。
リビングでパーティーしてるとか、帰宅時間がかぶり、お風呂入れなくて夜中の2時3時に入るとか。
ストレスはそれだけではないです。
〇お風呂のシャワーが水量を絞られているんです。
女子寮だから水沢山使うからと絞っているんだと思いますが。明らかにおかしい水量。
こんなの何分シャワーすればいいんよ。と思うくらいの少ない水量。
風呂もゆっくり入れない上にシャワーもストレスなんて。なに?って怒りがありました。
シフトも退勤時間が重なるとかそこら辺を考えて寮配置考えんのかと、上の人の管理力を疑うとともに、
今までこのことに関して不満を言った人がいなかったんだなーと、思いました。
〇通勤
派遣会社で求人を探すときに、私は車持ち込みありと言っていました。
ですが、担当者はカスでした。
変な長話ばかりして、私の条件を通してくれていなかったのです。
ありえないですよね。
採用が決まってから「車持ち込みであってますよね?」と聞いたら
「車持ち込みないって聞いてます」とかほざいてました。意味わかんない。
私はその怒りがありましたが、さすがに駐輪場はあるだろうからバイクはおけるだろと思って、バイクに乗っていきました。当然先方はバイクに乗ってくるなんて知らないので、驚いていましたが、私は動じません(笑)
半ば強引ですが、バイクの持ち込みはできました。バイクがないと休日の足がなくて困ってしまうので。
問題は通勤です。私は、通勤時間15分と聞いていました。
ですが実際に行ってみると、職場と寮がなかなかの距離。坂もある。
これを自転車で15分????電動自転車じゃなくてノーマル自転車。
これはずっとは無理だと思って、上の人に聞いてみました。
「バイク通勤ってしてもいいんですか?」
「ダメなんだよねー、自転車と車は良いんだけど、バイクは危ないから会社でダメって決まってるんだ」
と。
あーくそだな。と思いました(笑)
バイクを悪としてみてるのは、私は許せません。
前の会社の傲慢社長もバイクを悪にしてきました。
蜂窩織炎になった後に、”バイク禁止”と言ってきたのです。
それとこれは関係ないやろと怒り爆発。
その経験があるので、今回のバイク禁止もとても気に障りました。
まぁこんなのは一部のストレスで、他にもありましたが、
最後のストレス爆発の引き金は、人間関係でした。
ある3歳上の女性社員さんがいました。
閑散期でとても空いていて、前日もノーゲストだったみたいな情報も聞いていました。
なので今日も空いてるだろうと思っていました。
女性社員さんに入口見といて―と言われました。
そこで、今日が最後だという派遣さんと少し話していました。
何ですかね。こうゆうときに限ってお客さん来るんですよね。
階段に隠れて見えなくて、数秒気づかなかったんです。
そこで女性社員がキレてきました。
「すみません。」ちゃんと謝りました。終業後にも謝りに行きました。
ですが、もう社員さんの中で私に対して嫌な気持ちが固定されたんですかね、
私にだけ当たりが強くなりました。
明らかに冷たい。強い口調。ミスでもない些細な事でも強く言ってくる。
私の中で、社会経験している大人の方は、嫌なことがあっても切り替えて次の時には別人かのように通常に接してくるのが普通と思っていました。
私はそれが普通と思っていたので、女性社員に対しては冷たくされても普通に話しかけ通常に接していました。
ですが、相手は一向に変わらない。変える気がない。
「あー、まだ子供なんだね。残念だね。」
と思いました。(笑)
耐えていたストレスは、日々食欲にぶつかり過食が日常化していました。
ですがそれも限界がきました。
私の中でストレス限界指標があります。
それは洗面所とかお風呂で、ふと鏡に映る自分を見て涙が出てくることです。
夜中お風呂を入るときに洗面所の鏡を見て涙が溢れてきました。
これは前にもあった。自分の精神は限界なんだと自覚しました。
私は様々なバイトを経験してきましたが、今まで飛んだことはありませんでした。
ですが、もう飛ぶしか方法はないと思いました。
残りの契約期間は1か月半。耐えられん。
すぐに父にラインをして、車で来てもらって協力してもらうことに。
決めてから私は体が勝手に動くように荷造りの手が動き始めました。
この日に決行すると決めてから、飛んだ後に余計な関りを持ちたくなかったので、制服を置いていく、カギを忘れず置いていくこともしっかり考え、無事飛べました(笑)
職場に仲の良い派遣の子もいましたが、飛ぶことを誰にも感づかれたくなかったので、言わずに帰りました。
派遣担当者、職場の上の人に一言ラインを送り、電話も着拒設定にし、ヒヤヒヤ感マックスで寮を離れることができました。
あのヒヤヒヤ感は二度と味わいたくないです。(笑)
そんなんで、ストレスでデブが増した私は仕事をやめ、実家に帰りました。
こんなダイエット遍歴でした
ここまで読んでくださった方はすごいです(笑)
こんなクソ文章を読んでくださるなんて。。。
痩せていた時期は人生の中で、思い当たりません。
痩せたーーーーーーい!!!!!!!!!!!!!