関東、東北などから関西以西へ移住されている方のブログを良く拝見しています。
で、思うんですけど…
なんか、移住ブロガーさんって女性がとても多いような。
お子さんをお持ちのお母さんブログを拝見すると、ものすごい情報収集力で食の安全を確保されていて、社名や製品名の特定までされて日々を送られています。これはものすごい努力と信念だと思い、本当に尊敬します。
特に俺みたいな、基本テキトーグータラ男子はこういった情報に日々目を覚まされる思いです。すっごく有用に情報源にさせていただいています。
何かお返しできることがあればなあ、と思いつつもなんにもないなあ俺(;´Д`)
うーん
よかったらiPhone/iPadの便利な使い方でも質問してくださいwww
(Macの知識は微妙なのでご容赦をw)
■2011/7月
やっとのことで高度汚染地域である江東区(共産党の汚染マップによる)から引き揚げて、横浜市内でいろいろ準備。
ここまでに転居先を沖縄か九州まで絞り込んだ。食料流通事情の情報収集や、日々の線量情報の監視を経て、それよりも近所への移住が自分にとってあまり価値がないと判断したからだ。移住という大仕事をこなすのだから、結果は完全に満足のいくものにしなくてはならない。
ハローワークに行って手続して、不動産屋のサイトで物件情報を手に入れて… 色々と離職関係で手続きの遅れなどあったが、なんとか日々の情報収集とアプローチの結果、方針も定まり、沖縄へ物件探しに行くことにした。
だがしかし。この時までにいくつかの書類選考段階の就職活動を行なっていたが、なかなかに難しい。エンジニアとしての経験値は評価されるものの、沖縄でのSE業務はどちらかというと開発系が多い。ニアショアというやつだろう。
設計・構築系で食ってきた自分にとっては少々畑違いなのもあったり、また現住所が横浜市ということもあり、選考段階で本当に沖縄にくるのかの疑問を持たれたり、あるいは最初の1年は都内勤務をして欲しいなどと、募集要項と実態が異なるなどこちらはスムーズには進捗していなかった。
こうなれば先に移住を完了して、腰を据えて仕事を探すほうが効率的かもしれない。
■2011/7/28-30
沖縄は個人的に初めて行くし、飛行機に乗るのも初めて。
それでも沖縄への移住を決めたのは、確率論が決め手だった。
放射性物質の飛散は風向きによるが、できる限り遠方が好ましいのは自明だ。そして汚染食料をできるだけ回避するのも目的。
沖縄といえば通販でも「一部離島」にあたり、送料が高い。これは裏を返せばわざわざ本土でとれた野菜とか肉とかをコスト面でそうそう輸送はしないだろう、という考えだ。まあ、必ずしもこれは正解ではないが…
ともあれ、自分のこれまでのキャリアはITとともにあった。沖縄でも那覇市近郊がそういう職にはありつきやすいので、そこらで住もう、と思った。まだ仕事は決まっていない。
不動産屋は2件しか回れなかったが、どちらでも「就職活動中」「猫がいる」「保証人が親で本土住まいで年金生活者」という、極めてアレな条件だが正直に伝えた。もちろん「なぜまた那覇へ?」ということも聞かれたが、そこはもとより隠す気もない。「原発事故の影響で、関東も住めないと判断して移住を決断しました」と、ありのままに。
不動産屋の比嘉さん(沖縄は比嘉さんいっぱいいるから実名でいいよねw)によれば、この原発事故で沖縄のウィークリー、マンスリーは満員御礼とか。喜ぶべきか複雑ではあるが、現実として一時的に沖縄の経済は自主避難者が増えたことで活性化されたという話だった。
結果としてわかったことだが、沖縄では保証協会の審査さえ通ればほぼ賃貸に入れる。クレカが普通に作れる人なら求職中でも問題ないようだ。ただ、預金通帳のコピーとかは必要となるが、それも数か月の生活ができると判断されればいいので何百万も入ってなくてもいいようだ(家賃によるだろうけど)。
ちなみに今回はもう、ホントにとりあえず住めればいいやっていう基準だった。結果として築年数は30年近い物件だが沖縄県庁の隣の駅でモノレールも近くて、なんか横浜市時代よりいろいろ便利じゃね?っていう立地で、すごーくいい条件の願ったり叶ったりな物件に入れた。家賃もかなり安く抑えられた…が、沖縄基準ではそうでもないらしいw
この初めての訪沖ではものすごく暑く、とても疲れた。が、一つ心が軽くなったのも事実だった。ああ、やっと移住できる目処が立った。
そんな能天気な状況でもないけど、まあ沖縄だし、ひとまずは横浜にお土産買っていこうか。
やっとのことで高度汚染地域である江東区(共産党の汚染マップによる)から引き揚げて、横浜市内でいろいろ準備。
ここまでに転居先を沖縄か九州まで絞り込んだ。食料流通事情の情報収集や、日々の線量情報の監視を経て、それよりも近所への移住が自分にとってあまり価値がないと判断したからだ。移住という大仕事をこなすのだから、結果は完全に満足のいくものにしなくてはならない。
ハローワークに行って手続して、不動産屋のサイトで物件情報を手に入れて… 色々と離職関係で手続きの遅れなどあったが、なんとか日々の情報収集とアプローチの結果、方針も定まり、沖縄へ物件探しに行くことにした。
だがしかし。この時までにいくつかの書類選考段階の就職活動を行なっていたが、なかなかに難しい。エンジニアとしての経験値は評価されるものの、沖縄でのSE業務はどちらかというと開発系が多い。ニアショアというやつだろう。
設計・構築系で食ってきた自分にとっては少々畑違いなのもあったり、また現住所が横浜市ということもあり、選考段階で本当に沖縄にくるのかの疑問を持たれたり、あるいは最初の1年は都内勤務をして欲しいなどと、募集要項と実態が異なるなどこちらはスムーズには進捗していなかった。
こうなれば先に移住を完了して、腰を据えて仕事を探すほうが効率的かもしれない。
■2011/7/28-30
沖縄は個人的に初めて行くし、飛行機に乗るのも初めて。
それでも沖縄への移住を決めたのは、確率論が決め手だった。
放射性物質の飛散は風向きによるが、できる限り遠方が好ましいのは自明だ。そして汚染食料をできるだけ回避するのも目的。
沖縄といえば通販でも「一部離島」にあたり、送料が高い。これは裏を返せばわざわざ本土でとれた野菜とか肉とかをコスト面でそうそう輸送はしないだろう、という考えだ。まあ、必ずしもこれは正解ではないが…
ともあれ、自分のこれまでのキャリアはITとともにあった。沖縄でも那覇市近郊がそういう職にはありつきやすいので、そこらで住もう、と思った。まだ仕事は決まっていない。
不動産屋は2件しか回れなかったが、どちらでも「就職活動中」「猫がいる」「保証人が親で本土住まいで年金生活者」という、極めてアレな条件だが正直に伝えた。もちろん「なぜまた那覇へ?」ということも聞かれたが、そこはもとより隠す気もない。「原発事故の影響で、関東も住めないと判断して移住を決断しました」と、ありのままに。
不動産屋の比嘉さん(沖縄は比嘉さんいっぱいいるから実名でいいよねw)によれば、この原発事故で沖縄のウィークリー、マンスリーは満員御礼とか。喜ぶべきか複雑ではあるが、現実として一時的に沖縄の経済は自主避難者が増えたことで活性化されたという話だった。
結果としてわかったことだが、沖縄では保証協会の審査さえ通ればほぼ賃貸に入れる。クレカが普通に作れる人なら求職中でも問題ないようだ。ただ、預金通帳のコピーとかは必要となるが、それも数か月の生活ができると判断されればいいので何百万も入ってなくてもいいようだ(家賃によるだろうけど)。
ちなみに今回はもう、ホントにとりあえず住めればいいやっていう基準だった。結果として築年数は30年近い物件だが沖縄県庁の隣の駅でモノレールも近くて、なんか横浜市時代よりいろいろ便利じゃね?っていう立地で、すごーくいい条件の願ったり叶ったりな物件に入れた。家賃もかなり安く抑えられた…が、沖縄基準ではそうでもないらしいw
この初めての訪沖ではものすごく暑く、とても疲れた。が、一つ心が軽くなったのも事実だった。ああ、やっと移住できる目処が立った。
そんな能天気な状況でもないけど、まあ沖縄だし、ひとまずは横浜にお土産買っていこうか。
沖縄も、他の地域と変わらず多くの問題を抱えている。が、現実問題として内地に住んでいるときも、沖縄に来てからも、それほどリアルな問題として感じられないままにいた。それは概して、体験による情報ではなく遠い異郷の地におけるニュースに過ぎなかったからだと思う。
最近起きた、那覇空港での自衛隊F15の事故。これがすごく身近な問題として感じられた。
初めて那覇空港に着陸する際、窓の外のサンゴの海に続いて目に飛び込んできたのは、海上自衛隊のP3C対潜哨戒機がずらっと駐機している那覇空港の姿だった。
今回の事故、領空侵犯に対するスクランブル発進時のF15が那覇空港側の管制に制止され、慌てて離陸を中断しようとした二尉殿が誤って出力を絞りすぎエンジンを止めてしまったため油圧系統もダウンして制御不能になったが、かろうじて機体・搭乗員ともに無事だったというものらしい。
正直スクランブル体勢での離陸中止とか危険にも程があり、個人的にはこの二尉殿には同情する限り…というか、良く被害を0に抑えたと賞賛を送りたいほど。しかしなんでこんな事態に発展したのか。それが分からなかった。
調べてみると、話はものすごく単純だった。あれだけの過密スケジュールで民間機の離着陸を行う那覇空港だが、なんと軍民あわせて滑走路はたったの1本しかないということだった。
たった1本の滑走路を民間各社、陸海空自衛隊で共用しているということか。なんという無茶。
そもそもパイロット、管制、どこのミスかどうかという問題以前にこんな無茶をしていたとは。起こるべくして起こった事故なんではないだろうか。人為的ミスを問うには余りにも酷すぎる。
では、滑走路を増設するという話はないのか?調べてみると、'08年ころからそういう話も動いているらしい。沖合に滑走路を増設するというのだ。これが実現すれば少しはマシになるとも思えるが、その滑走路がどういう目的で使用されるかは明らかにされていないようだ。軍民どちらのものになるのか含め、計画の目的がわからないという。そんなんで滑走路の増設事業が認められて話が進んでしまうのかと、驚く限り。
自衛隊や米軍の基地が不要だなんて言うつもりではない。現実に沖縄に米軍基地が存在することで軍事バランスが取れ、不要な侵犯・侵略行為を未然に防いでいるというのもまた現実だからだ。沖縄の軍事基地がなくなったらどうなるか、考えるだに恐ろしい。
しかしそれだからといって、土地を強制収用されただとか騒音による健康被害だとか、そういう我々一般国民に及ぶ被害が許される問題でも絶対にない。こういうことは断じておこしてはならない、という面もまたある。
こうやってわずかの現実を簡単に書き出すだけで、もう問題が硬直化しているのが手に取るように分かる。ほんのわずかの問題に自分が触れただけで、どれだけ長期間こういった先の見えない問題に沖縄の人々がやるせなさを覚えてきたのか、それが今までより少しだけリアルに感じられた。
そして今日の那覇の空もまた、頭上に軍用機が飛んでいく。
最近起きた、那覇空港での自衛隊F15の事故。これがすごく身近な問題として感じられた。
初めて那覇空港に着陸する際、窓の外のサンゴの海に続いて目に飛び込んできたのは、海上自衛隊のP3C対潜哨戒機がずらっと駐機している那覇空港の姿だった。
今回の事故、領空侵犯に対するスクランブル発進時のF15が那覇空港側の管制に制止され、慌てて離陸を中断しようとした二尉殿が誤って出力を絞りすぎエンジンを止めてしまったため油圧系統もダウンして制御不能になったが、かろうじて機体・搭乗員ともに無事だったというものらしい。
正直スクランブル体勢での離陸中止とか危険にも程があり、個人的にはこの二尉殿には同情する限り…というか、良く被害を0に抑えたと賞賛を送りたいほど。しかしなんでこんな事態に発展したのか。それが分からなかった。
調べてみると、話はものすごく単純だった。あれだけの過密スケジュールで民間機の離着陸を行う那覇空港だが、なんと軍民あわせて滑走路はたったの1本しかないということだった。
たった1本の滑走路を民間各社、陸海空自衛隊で共用しているということか。なんという無茶。
そもそもパイロット、管制、どこのミスかどうかという問題以前にこんな無茶をしていたとは。起こるべくして起こった事故なんではないだろうか。人為的ミスを問うには余りにも酷すぎる。
では、滑走路を増設するという話はないのか?調べてみると、'08年ころからそういう話も動いているらしい。沖合に滑走路を増設するというのだ。これが実現すれば少しはマシになるとも思えるが、その滑走路がどういう目的で使用されるかは明らかにされていないようだ。軍民どちらのものになるのか含め、計画の目的がわからないという。そんなんで滑走路の増設事業が認められて話が進んでしまうのかと、驚く限り。
自衛隊や米軍の基地が不要だなんて言うつもりではない。現実に沖縄に米軍基地が存在することで軍事バランスが取れ、不要な侵犯・侵略行為を未然に防いでいるというのもまた現実だからだ。沖縄の軍事基地がなくなったらどうなるか、考えるだに恐ろしい。
しかしそれだからといって、土地を強制収用されただとか騒音による健康被害だとか、そういう我々一般国民に及ぶ被害が許される問題でも絶対にない。こういうことは断じておこしてはならない、という面もまたある。
こうやってわずかの現実を簡単に書き出すだけで、もう問題が硬直化しているのが手に取るように分かる。ほんのわずかの問題に自分が触れただけで、どれだけ長期間こういった先の見えない問題に沖縄の人々がやるせなさを覚えてきたのか、それが今までより少しだけリアルに感じられた。
そして今日の那覇の空もまた、頭上に軍用機が飛んでいく。