先日、3月25日未明に私、aUのいとこがわずか30歳という若さで
旅立ちました。
虚血性心疾患という病気だそうです。急でした。本人もまだ気づいてないとおもいます。
だって・・・元気だったから。。本当に、今でも信じられません。
彼女は唯一私の姉的存在で、私が生まれたときから家も近くてずーーーっと
一緒。大の仲良しさん。大人になってからそんなに会う機会は減ったけど、何か
相談ごとや、会いたくなったときには必ず会いに来てくれた。
人の悪口言ったり、否定を絶対にしない人でした。
いつもニコニコ、誰に何を言われようと首を斜めに傾けて「へへへ」と言って笑ってた。
そんな彼女の生い立ちは決して幸せなものじゃなかったと思う。
なぜなら、幼少のころに両親は離婚し、母親の愛情をあまり知らずに
来たのだと思う。時々ほろっと「aUちゃんはお母さんのお弁当食べれて
いいなぁ~」なんてこぼしてた。
彼女の家族は父、祖母、義理母、妹2人、弟1人。
義理母といっても、わずか8歳しか年の違わない母。
おねぇちゃんと呼んで、喧嘩もしながら仲良くやってました。
妹や弟もとても大切にしてました。
葬儀のときに妹や弟に話を聞いたら、「みきねぇにはいろんな所に
連れてってもらった」って言ってました。
親族一同も彼女のやさしさにとても助けられてた。
私だったら絶対反抗するし、キレちゃうよってこと言われても
全部吸収して決して相手を攻めなかった。
耳にも少し障害があって、そのことでいじめられたりもしてた。
でも、そんな境遇にあっても、いつも笑って周りを和ませてくれてた。
社会人になってもつらいことは沢山あったと思う。
一生懸命頑張ってるのに、『トロイ』だの『聞こえないくせに』だの
色々非難されたこともあるらしい。これは一時期彼女と職場が一緒だった
私の友達から聞きました。
私にだけ相談してきてくれたこともある。人間関係って難しいんだねって。
そんなある日、彼女にも転機がめぐってきました。
マッサージ師という仕事。昔から人の喜ぶ顔が好きだったし、手先も器用で
何より人一倍集中力がある。
マッサージの仕事を始めてからというもの、彼女はすごく活き活きしてた。
そして夢もできた。
マッサージ師として独立すると言う夢。
家庭環境が複雑な中、家を出なくちゃいけなくなり、一人暮らしをはじめて
色々お金もかかるだろうに、少ないお給料の中から、独立に向けて堅実に貯蓄してた。
そんな矢先・・・1人暮らしを始めてわずか5ヶ月余りでした。
しかも、発見されたのは28日です。そう、3日も1人で待ってた。
最後の最後まで誰にも頼らずに。
1人でさぞ心細くて、つらかっただろう、苦しかっただろうと思うと胸が締め付けられる思いです。
でも、彼女の残してくれたものは沢山あります。
私はそれを胸に、これからも彼女の分まで、一生懸命素敵な人生を歩めるように
力いっぱい生きていこうと思います。
・・・みきちゃん、私頑張るから、いつもの笑顔で見守っててね。
そしてつらいことがあったらまた相談するね。
本当にお疲れ様でした。そして、ありがとう。
皆様、長々とお付き合い有難うございました。
改めて彼女の冥福を祈って・・・
合掌。
P・T・WA aU