ロシアはどこに行くのか | 新書野郎

ロシアはどこに行くのか

ロシアはどこに行くのか─タンデム型デモクラシーの限界 (講談社現代新書)ロシアはどこに行くのか─タンデム型デモクラシーの限界 (講談社現代新書)
中村 逸郎

講談社 2008-11-19
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ずっと岩波からロシア社会の暗部を切り裂く本を出していた著者だが、講談社現代新書に登場。チェチェンとかマフィアとかオリガルヒといった報道されることが多い「ロシアの闇」ではなく、市民目線の問題をジャーナリスティックに報告するスタイルは学者としては珍しい感じがしてたのだが、なんでも駆け出しの頃に保阪正康の指南を受けたという。「たくさんの知識を持っている人は私生活に弱い」というのも意味深な言葉であるが、この本で暴かれるプーチンの本質などを読むと、プーチンに一度面会しただけで、熱烈にプーチンを礼賛してしまった某NHK元モスクワ特派員のことを思い出させる。著者は最近、報道されたプーチンの「虎狩り」はメドベージェフに対する警告だとみているのだが、グルジアの様なことがまた起きると、メドベージェフは「失脚」させられてしまうかもしれない。そんな「すべての権力をプーチンへ」の体制をロシア人がなぜ支持しているかというと、ロシア人は自分たちが国家を構成する存在だという意識が希薄だからだという。「帝国」から「ソ連」への体制移行が割りとスムーズ(でもないが)で、「革命体制」が80年も続いたのは、国家とは自分たちを支配するものだというあきらめに似た境地があったのだろう。ソ連も結局、体制側から瓦解していった訳だし、「ロシア革命」も「市民」が主役の革命ではなかった。著者がリポートしている不正投票の実際もナマナマしい話だが、当事者の告白も相手が外国人だからというところはあるだろう。賄賂や特権が顕在化された社会では、その行為に対する社会的非難も「他者」の目を意識した「公的領域」の場に限られよう。身内を介在した「私的領域」では、「他者」は排除され、身内を利する行為が「競争社会の原理」となり得る。
★★★