裸形のチベット  | 新書野郎

裸形のチベット 

裸形のチベット―チベットの宗教・政治・外交の歴史 (サンガ新書 27)裸形のチベット―チベットの宗教・政治・外交の歴史 (サンガ新書 27)
正木 晃

サンガ 2008-07
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サンガの本で、著者は密教の人らしい。その方面の知識がないので、学問的にどうなのかは分からんが、これは結構面白いチベット史であった。サンガはダライ・ラマ本なども出しているのだが、著者がいみじくも言うように「チベット・ファンの期待を裏切ってしまう」可能性がある本なのかもしれない。たしかに単純な「かわいそう」という意識だけはチベットを救うことなどはできないし、それは14世の望むところでもないだろう。「裸形のチベット」を受け止めることが、都合の良い「歴史認識」という鎧で固めた「中国」と対抗する術でもあるはずだ。西川一三の証言を引用するのも、西川が「チベットもチベット人も嫌い」と公言する人であったからだそうで、最後の「生きる伝説」の人だった西川はチベット支持者が集まる集会で、その旨の発言をし場内を凍りつかせたこともあったそうだ。侵略する「人民解放軍」と抵抗するチベット人という構図は、一見、崇高であり、同情を集めやすいのだが、それは実のところ、「中国」とか「共産主義」の論理の裏返しでもあろう。その様な文脈でチベットを語ること自体が、「中国とチベットを特別な関係」にすることに貢献しているとも言えよう。チベットはセックス狂であった乾隆帝に性的ヨーガ獲得を売り込んで、乾隆帝をチベット仏教に傾倒させたという著者の仮説が妥当なものかどうか分からんが、「歴史」とはその様な大胆な視点が必要ではないかとも思う。朝貢についても、チベット側の大幅な黒字になるので喜んでホイホイ出掛けたとのことだが、「華夷秩序」の実態なんてそんなもんだろうし、チベットの多額の経済援助を施してるのに恩を仇で返すという漢人の現在の不満に通じるものもある。ただ、ダライラマの選定方法もそうだが、そうした屁とも思っていなかったことに付け込まれてしまったのが現在の悲劇の始まりなのだろう。「漢字」で多民族が入り乱れるカオスを統一し、「歴史」を「正史」として武器にしてきた「文書」の国に、精神的修行を武器とした「宗教」の国が最終的に破れ、その軋轢が解消されないというのは、何か日本と中国の歴史にも通じるものがある。最近も共同文書を中国側が勝手に改ざんして発表した事件があったが、こうした手段でチベットもどこでも併合してきた中国にとっては手持ちの「手段」を行使したに過ぎないのだろう。もはや日本の外交はなす術がない状態なのだが、国交回復時に中江の様なチャイナスクールの妨害に関わらず、「反覇権条項」に徹底抗戦した当時の「条約課」には戦前の「支那通」の遺産がまだ残っていたのかもしれない。
★★★