ロシア 闇と魂の国家 | 新書野郎

ロシア 闇と魂の国家

ロシア闇と魂の国家 (文春新書 623)ロシア闇と魂の国家 (文春新書 623)
亀山 郁夫

文藝春秋 2008-04-17
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ドストエフスキーとラスプーチンの対談集ではないが、驚異的ペースで書きまくっている佐藤優の新書はテッシーとのヤツと同じく負担の少ないスタイルか。袴田とか木村汎とか北大スラブ研とか、ソ連時代から日本のロシア研究を牛耳ってきたプロパーの人たちは「佐藤優現象」をどう見ているのか、知りたいところだったのだが、亀山の場合、文学者で、それも異端(でも学長)だから、それほど柵はない様だ。何でも二人は28年ぶりの再会だそうで、同志社の露文教授を囲む席で同席したらしい。後に亀山が同志社助教授になったときには、佐藤はもう外務省入りしていたそうだが、やはり当時から佐藤は人間関係には抜かりがない。その二人の共通の友人が米原万理さんだったみたいで、何か三角関係を彷彿させる様なことも書いてある。もはや検証不能な話なのだが、米原さんもそれだけ愛された人であったということであろう。プラハで育った米原さんは、まあそうなんなんだろうが、日本人がロシアを「アジア」として意識することにはついては「脱亜入欧」という陳腐な批判とは別に、得体の知れない大国の影という意味においては正しいのかもしれない。この場合「アジア」は「ヨーロッパ」である訳だが、島国日本が「アジア」と「ヨーロッパ」の影に怯えるのも無理はなかろう。ならば遠く離れた新大陸の方が安全というもので、近くの「同盟国」にはいつも裏切られてきた。亀山と佐藤の「二人語り」が提示するのは「日本とロシア」の関係性における話ではなく、「ロシアとヨーロッパ」の関係である。ロシアを闇とできるのも、ロシアに魂があることを踏まえた上でのことであろう。「アジア」と「ヨーロッパ」の差はそこにあるといってしまえば身も蓋もないのだが、あちらで唯物論が下種なものにならなかったのも、皮肉なことではあるが、宗教精神的バックグランドがあったからなのかもしれない。
★★