英語を学べばバカになる  | 新書野郎

英語を学べばバカになる 




薬師院 仁志
英語を学べばバカになる グローバル思考という妄想

題名がちょっと気になっていた本だったので、遅ればせながら読んでみた。よくある英語帝国主義批判ものかと思いきや、アメリカ帝国批判ものであった。著者の中では「英語=米国」という本質が確立しているらしく、その根拠も述べられてはいるのだが、ある意味、これも英語という切り口でアメリカを批判するという「道具としての英語」だとも言える。全編アメリカ批判が展開されている訳だが、第三章は「アメリカ妄想」となっていて、この辺に著者の意図が隠されているのかもしれない。アメリカ批判ものも類型化されているのだが、この著者はフランスプロパーということで、フランス的アメリカ批判であることが特徴であろう。裏を返せば、親仏反米ということになるが、フランスの「帝国主義」とアメリカの「帝国主義」も大差ない様な気がしないでもない。両者とも「共和制」とか「民主主義」なんていう大義名分で「帝国主義」をしてきた訳だが、英語が帝国主義の言葉なら、フランス語だって帝国主義の言葉だろう。もし「グローバル」の窓として英語を位置づけるのなら、西アフリカや北アフリカではフランス語がそこに位置づけられるのではないか。実際、フランス人がどれほど英語を拒否しているかというのも疑問だし、それが自国語のプライドだとしても、内在的にはプライドでも外在的には帝国主義に変化するであろう。アメリカとかイギリスの国力を抜きにしても、地球上の言語を全て平等に扱うことは不可能なのだから、坊主に憎けりゃ袈裟まで憎い式に英語の有用性まで否定してしまうのはどうかと思う。この問題で常に槍玉に挙がるのが船橋洋一を筆頭とした「英語公用語」論者たちなのだが、結局、「英語公用語」なんて跡形も無くなってしまったではないか。彼らの意図が最初から実現ではなく問題提起にあったことは明らかなのだし、もう決着が付いた問題に、これ以上お付き合いする必要もなかろう。まさか志賀直哉のフランス語公用語論を復活させようとしているのではなかろうが。