中国10億人の日本映画熱愛史  | 新書野郎

中国10億人の日本映画熱愛史 



劉 文兵
中国10億人の日本映画熱愛史—高倉健、山口百恵からキムタク、アニメまで

タイトルを見たときから、この本は「当たり」だろうなという予感がしたのだが、実際は予想をを上回る出来だった。著者は「日本」との出会いが映画という世代だが、長じて日本で映画研究者の道を歩むことになったのも、同時代で体験した「衝撃」を客観的に振り返ることができるそうしたバックグラウンドがあったからであろう。「先進国」としての日本が「侵略国」としての日本イメージを上回っていた最初で最後の云わば、幸せな「日本発見」をした世代と言えるのだろうが、それは文革で疲弊した後の文化砂漠にポッカリと咲いた仇花の様なものだったかもしれない。一応、「解放前」の日本映画や「開放後」の「日劇」まで押さえてはいるのだが、やはり中心となるのは、中野良子であり、高倉健であり、山口百恵である。子供であったという著者の熱中ぶりはあとがきに書かれているのだが、こうした原体験を持つ中国人の「日本観」とパンダや「シルクロード」の原体験を持つ日本人の「中国観」は、たしかにある種共通項があるのかもしれない。日本でほとんど名前を聞くこともなくなった中野良子が、現在、中国一色の芸能活動をしている(らしい)ことや、古希を過ぎた高倉健が主演男優として張芸謀に呼ばれたのも、中国の「日本世代」が社会の中心になり、「懐古市場」が成立していることの表れだろう。著者の研究の出発点もそうしたところにあるのだろうが、研究者としての分析は私情に流されている訳ではない。『君よ憤怒の河を渉れ』のヌードシーンや、林立果の『連合艦隊』とかは、私も気になっていたことなので、これで納得した。『おしん』の受動分析も秀逸なものがあるし、黒澤明が知られているのは整髪料のコマーシャルの影響というのは初めて知った。なかなか読み応えがある一書であった。
★★★★