モナ・リザの罠  | 新書野郎

モナ・リザの罠 



西岡 文彦
モナ・リザの罠

せっかくだから何かイタリア本をとは思っていたのだが、こんな本が順番に当たってしまった。「美術批評はなぜ意味不明になったか」なんて章もあって、美術美痴の私が読むには適当かと思えたのだが、対象物に全く興味がない以上、意味不明というより、意味不通といった感があった。モナ・リザのモナがMonnaなのMonaなのかについては、単なる言語の違いによる呼称の違いなのだが、イタリア語でMonaが女性器を表すとは知らなかった。仏、西、葡語とも皆バラバラで共通性が感じられないのだが、これに関しては俗称が腐るほどあるから、私の生半可な知識を以て論ずるには値しないかと思う。しかし、モンナ(夫人)とモーナでは、イタリアの女性は日々、セクハラの恐怖に怯えなくてはならないのではないか。ちょっとエロオヤジ系に入ってしまったので、ついでにもう一つ言及すると、北欧の裸婦画と南欧の裸婦画には決定的な違いがあって、前者は寒い国なので、裸体が自然でなく罪として描かれ、後者は暑い国なので裸体が自然で賛美されて描かれているという。一見したところ、その違いはエロオヤジにはよく分からない。ここで何度も書いているスウェーデンの市民プールなんかもそうだが、現在の北欧はやたら裸になるイメージがある。それは太陽が貴重だからということらしいのだが、それに対して南欧ではカトリックの保守的なイメージがあって、南欧のビーチでも脱いでいるのは地元っ子というより、ゲルマン系の方が多い様な気がするのだが、どうだろう。これ以上続けると、また暴走してしまうので、今日はこの辺で。