私は信者ではないのですが、カトリックの学校を出ました。
毎朝 「朝の祈り」と呼ばれる時間がありました。
G線上のアリア から始まる ほんの 3分から5分の 短い時間です。
思春期には、なんとなく 真剣に祈っている様子を
クラスメートに見られるのが 気恥しいような心持ち もありましたが
(たぶん 他の人たちも・・)
生きていく上で大切なこと この時間に教わったように思います。
ある日は 聖書からの引用
ある日は 主の祈り や 平和の祈り などの祈りの言葉
ある日は 聖歌
ある日は 先生のお話
など・・でした。
クリスマス会には 講堂で キャンドルサービスがありました。
たった一本のろうそくの炎を神父様から各学年の代表者が受取り
代表者は列の一番はじに立っている生徒に炎を分け
あとは順に隣の人へと炎を渡していくのです。
炎が生徒全員に行きわたる美しさ 不思議さ
キャンドルの炎は そのまま 「愛」 にたとえられるのです。
クリスマスの願いは ここにあるのですね。
美しく煌びやかなクリスマスも素敵ですが
イエズス様が なにもない
貧しい馬小屋でお生まれになったこと
その意味を 忘れてはいけないと思います。
