’60年代の私 *ALWAYS 一丁目の夕日 ’64 日本の歴史* | 北海道・札幌発  ROKOのアロマ道 【アロマセラピー物語】  

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BISHOPS AROMATIC主宰
英国でIFA認定アロマセラピストになりました
一香十感~植物からのメッセージに耳を澄ましてごらん

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私が、この世に生を受けて半世紀近く立ちます

もう半世紀
まだ、半世紀

みたいな不思議な感じ


私の子供時代に普通だった事は・・・
現在はお金をかけてでも皆が手に入れたがり・欲しがるモノ・コトが多いように思います

私は1964年4月2日に北海道の栗山町という田舎町で産声を上げました 赤ちゃん 2
昔だったので、女の子だったのでという理由で戸籍上では3月31日生まれです

時は、東京オリンピックに湧く時代
三波春夫さんの
”東京オリンピック音頭”
ってのが大流行で母と祖母は、いつも歌っていたらしい

小さい頃に、自宅のテレビが白黒からカラーへ移り変わるのも、UHBなどの新しい
チャンネルが出来るのを目撃した ビクーッ
極めつけは、アントニオ猪木とストロング小林の最強タッグチームだってテレビを
観ながら応援していた かお
アントニオ猪木とジャイアント馬場の最盛期を知っている歴史の証人ですエヘン!


私には・・・、さすがに0歳の頃の記憶はありません
断片的に記憶があるのは1歳のお誕生日からです

60年代当時、道路はまだ舗装されていなかった
私が8歳くらいまで馬車が走っていて、馬糞が道端に転がっているような田舎町
道路が舗装された後は戦車も当時は時々、公道を通っていました

家では祖母が庭で、莫大な数の野菜を作るために壮大な家庭菜園をしておりました
この野菜たちは今でいう、オーガニックよりも凄いよ
なんてったって、農薬は一切使っていなかったもの
肥料は、こえだめから糞尿を運んできて畑にまくの
農薬を使っていないから虫がつくつく
幼少期の頃の私はキャベツに沢山くっついている青虫 青虫 を捕り踏む・・・
延々に踏む・・・、係をしておりました
毛虫やら他の害虫も野菜にいっぱ~いつくので・・・、踏む

でも、そんな手間隙をかけた野菜は食べる直前に畑から、もいでくる
普通じゃないくらい、旨~~~い
とにかく、野菜の味が濃いのよ
畑に行くとね、野菜の香りにむせ返るほど濃厚な香りでした

で、横はお庭とお花畑
お花と木々の香りが凄く幸せだった


家は昭和元年の建物なんですが、小さい頃からの私の思い出の香りはね

家の中では、畳・廊下の木・日向ぼっこの太陽・お線香・石炭(正確には燃えている石炭)など
外では、草木・花々・土・カタツムリなど

自然の香りは、それだけで癒し効果抜群でウトウトしてきます
小さい頃から香りと共に、五感をフル活用しながら歩んできた感じです

そんな、ノンビリとした町でほんわか過ごしつつ、自分の道を歩んでいた私です

そんな日常を過ごしていた・・・
今思えば、古き良き時代 ぽっ

私の60年代だけに関してもここには書ききれないくらいの宝を両手に握りしめていた

そんな事、あんな事を思い出しながら
節分に向けて、アロマセラピストとして初心に戻るべく準備中

自分にとって、大切なことを思い出したから・・・

それはブログを始める前の
アロマセラピストとしての私の

ポリシー
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