写真は東京の図書館。オシャレだね。
昨日のヤフトピにあったニュースのひとつ。
話題になっている鎌倉市図書館のつぶやきがこれ。
「もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、
学校を休んで図書館へいらっしゃい。
マンガもライトノベルもあるよ。
一日いても誰も何も言わないよ。
9月から学校へ行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、
逃げ場所に図書館も思い出してね。」
昔むかし、高校生だった頃、それこそ半年くらい不登校で、
図書館に通っていた時期のことを思い出しました。
別にイジメにあってたとか、友達がいなかったとかじゃなかったんだけど、
学校に行く意味がわからないとういか、
なんだかちょっとモヤモヤしていて学校に行きたくなかった時期がありまして。
ふふふ。今のわたしを知ってる人が聞いたら、意外と思われそうだけど、
「不登校」なんてザラにあるのです。それも昔っから。
お気に入りの席で、本を読んだり、ただ館内をウロウロしたり、
勉強もしたり(一応受験生だったもので…)。
学校は居心地が悪かったけど、
図書館はとても居心地がよくて、
いろんな本を手にとってはパラパラとめくったり、読んだりしてました。
何気なくとった本にあった言葉が気持ちを救ってくれたこともあったし、
見たこともないモノを写真で見たり、
知らなかったコトを知ったり、
無駄なことばかりじゃなかったと思う。
他の人から見たら、
ただただ時間を潰していただけだったのかもしれないけど、
自分の部屋ほど閉ざされた空間でもなく、
学校ほど干渉の多い空間でもなく、
雑音の少ない、それでいて1人ではないその場所は本当に落ち着く場所でした。
今思えば、娘の不登校を容認してくれていた母親もありがたいと思う。
母親になった今、余計にそう思う。
イジメられてるとかは論外だけど、
ただただなんとなく学校に行けない時期が、
普通の子と呼ばれる人にもありえるし、実際あったのです。
長い人生、ちょこっとの間くらいズル休みしたっていいと思うし、
ズル休みにだって意味があったとわたしは今でも思ってる。
もうすぐ新学期。
9月1日は子供の自殺者が多い日でもあるんだって。
苦しい子、悲しい子が1人でも救われるように、
自分の居場所と思える場所が見つかるように。
ひとりの親として、切実な祈りにも似た願い。
