震災から5年。 東北に生まれたのに何もできない無力さを体感した日。 私は青色申告で笠間の商工会へ。 終わったよーと、旦那に電話をして外で待っていたら激しい揺れ、信号が止まる、なんかおかしい… その足で水戸に向かうも、50号を走らせながら聞こえてくるラジオの声が信じられなくて、唯一繋がっていたtwitterをみて愕然としました。 専門学校時代を過ごした宮城が、福島が、岩手が大変なことになっている… 当日2歳と1歳の兄弟は、大姑と姑と、うちで一番安心である離れのサンルームに固まっていました。 顔を見るなり号泣する兄。 ぽかんとする弟。 うちは比較的早くライフラインが通りましたが、私はここにいるしかできないのか…というもどかしさしかありませんでした。 働くことでお金が循環して、東北に回りますように…と思いながら今日まできました。 あの無力さは味わいたくない。 自分の家族で精一杯で募金できるわけでもなく、子供をおいてボランティアにいけるわけでもなく、私って中途半端だな…と感じました。 5年のうちに少しは成長できたのだろうか。 家族は守れるようになったかな。 おじいちゃん、おばあちゃん。 今まで注いでくれた愛を、子供に、家族に繋いでいきます。 どうかお守りください。

するめオーナーさん(@biryudou)が投稿した写真 -