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水戸市 美龍堂の丹 翔です。



自分を掘り下げる意味での棚卸記事。
強みを交えて書いていきたいと思います。


私は秋田と山形の県境。
由利本荘に生まれました。

年子の妹と、両親、祖父母の家庭。
母方の祖父母も家が近く、しょっちゅう行き来していて家族中はすこぶる良かったです。

私が今でも自由奔放に動けるのは、この土台があったからかなーと思ってます。
前提として、みんな私を好きだという自己肯定につながる部分を育ててくれた環境があったから。
人間関係の不安がなかったのでのびのび暮らしていました。

特におばあちゃんの存在が大きかった。
母は妹のもの、という思い込みがあったので私はばあちゃんにべったり。
おかげで昭和感が未だにありますが(笑)心の安定の面では非常に懐が深く安心できました。


女子なのでシルバニアファミリーに憧れましたが買ってもらえず。
代わりに自分で折り紙でおうちを作ったり、ダンボールで着せ替え人形のおうちを作ったり。
一人でもくもくと作るのが好きでした。
箱庭的な作業が好きだったのかな。

幼稚園はキリスト系で、あんまり記憶がないのですか3年間泣きながら通ったそうです(笑
何が嫌だったんだろ…
とにかくうちが好きだったんでしょうね。
なんでうちから離れなきゃいけないの??っていう不安とか、もやもやがあった気がする。

親は相当苦労したみたいですが、罵倒したり非難したりせず、ただ耐えて私が大丈夫になるまで見守ってくれました。
当時の幼稚園の友達も、泣いてる私の手を引いて連れて行ってくれたりして当時から人に恵まれていたらしい。
みんな優しかった…( ´ ▽ ` )
何気なく描いた絵がめちゃくちゃ褒められたのをきっかけに、絵を描き始めます。
着せ替え人形の服とかも自分でデザインして描いたりしてました。
夢はファッションデザイナー。

小学校はマンモス校で、一年生の時は7クラスもありました。
自分でいうのもアレですが、体が小さくて色白で、純白!的な感じだった私は当時アイドル的なポジションで。
でもそれが嫌で全力で否定してました。
リピーター通り越してファン化する強み、この辺りから表に出てきたようですがもっと前から使えてたのかな?

合唱団に入り歌に目覚め、自分の書いた漫画がアニメ化して自分で歌いたいという全部自分でやりたい意識が育ち始めました。
小学生の時の夢です。
全部一人でやっちゃう、できちゃう強み?
自己プロ欲が強いんだな。

この頃、叔母からワープロのおさがりをもらい機械に目覚めていきます。
小学生で外字を自作するのは私ぐらいだと思う(笑
外字って今でいう絵文字みたいなもので、ドットで描くんですよ。
☎︎←こんな感じのとか

デジタルが違和感なく入ってくるのはパソコンは楽しいが無意識にあるからなんだろうな。 



次回、中学から高校へ。




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