恥でしつけをしない。 わたしもまる、あなたもまる
「そんなことをしたら恥ずかしいよ」「みんなに笑われるよ」「そんなこともできないの?」子どもの行動を変えようとするとき、私たちは無意識に「恥」を使ってしまうことがあります。困らないようにしてあげたい。周りから嫌われないようにしてあげたい。その奥には、大人なりの心配や願いがあるのだと思います。けれど、恥ずかしさを与えて人の言動をコントロールすることは、その人の心を深く傷つけることがあります。私は、恥ずかしい人間など、どこにもいないと思っています。失敗することもある。人前でうまく話せないこともある。みんなと同じようにできないこともある。けれど、それは、その人の存在が恥ずかしいということではありません。見直したほうがよいのは行動であって、その人自身ではないのです。「あの言い方は相手を傷つけてしまったね」「次はどうしたらいいか、一緒に考えよう」そのように行動について伝えることはできます。でも、「あなたは恥ずかしい子」「そんなあなたでは受け入れてもらえない」という言葉を重ねる必要はありません。また、「恥ずかしがりや」と性格を決めつけるよりも、「少し照れているのかな」「ゆっくり慣れていく人なんだね」「今は見ていたいんだね」「てれやさんなのかな」そんな、やわらかな言葉を使えたらと思います。人は否定され続けると、やがて自分自身も否定するようになります。悲しいのに、「こんなことで悲しむ私は弱い」疲れているのに、「頑張れない私はだめ」嫌だと感じているのに、「私が我慢すればいい」人から受けた否定の言葉が、いつの間にか、自分を責める内側の声になってしまうのです。包括的性教育は、性に関する知識だけを伝えるものではありません。自分の体は自分のもの。自分の気持ちは自分のもの。嫌なことには嫌だと言っていい。困ったときには助けを求めていい。自分と違う人の気持ちや選択も大切にする。それは、人権を大切にして生きるための教育です。恥で人を動かすのではなく、安心の中で伝えていく。否定して正すのではなく、その人の存在を受け入れたうえで、一緒に考えていく。わたしも、まる。あなたも、まる。考え方や感じ方が違っても、お互いの尊厳は変わりません。このテーマについて、noteにもう少し詳しく書きました。▼続きはこちらからお読みいただけます恥でしつけをしない。わたしもまる、あなたもまる|助産師/作家 やまがたてるえ「そんなことをしたら恥ずかしいよ」 「みんなに笑われるよ」 「そんなこともできないの?」 「あなたって、本当に恥ずかしがりやね」 私たちは、子どもの行動を変えようとするとき、無意識のうちに「恥」を使ってしまうことがあります。 困らないようにしてあげたい。 周りから嫌われないようにしてあげたい。 社会の中で、きちんと生きられる人になってほしい。 …note.com恥ではなく、尊厳を。否定ではなく、対話を。自分も相手も大切にする包括的性教育を、これからも伝えていきたいと思います。助産師/心理カウンセラーやまがたてるえ